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狭き門 (岩波文庫 赤 558-2) 文庫 – 1967/11/16
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- 本の長さ221ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1967/11/16
- ISBN-104003255828
- ISBN-13978-4003255827
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対象商品: 狭き門 (岩波文庫 赤 558-2)
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (1967/11/16)
- 発売日 : 1967/11/16
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 221ページ
- ISBN-10 : 4003255828
- ISBN-13 : 978-4003255827
- Amazon 売れ筋ランキング: - 404,995位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 617位フランス文学 (本)
- - 2,589位岩波文庫
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年7月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
自己抑制がいき過ぎとは思ったが、深い感動があった。「自分の内に残っているあらゆる利己心を捨てようと努める」という言葉が響いた。
2012年5月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
青年時代の一時期に、自らを高めてくれる異性と巡り合うことは、
宗教的人格の持ち主にとって、確かに重要なことであるかもしれない。
ただ、「頭脳の恋」、すなわち、相手のなかに自己の理想の反映を見出し、偶像として祭り上げてしまうことは、相手に対し「あるべき姿」を無意識のうちに求める行為でもある。
アリサの悲劇は、ジェロームがアリサに対し、信仰の導き手としての役割を認め、
最後まで、そこから離れることができなかったことにある。
ジェロームの問題は、信仰という問題に関して、アリサヘの愛の延長線上に、神への愛を認めてしまったことにある。
アリサヘの愛を離れて、神への愛を考えられなくなってしまっているのである。
これは、生身の肉体を持つ女性にとっては、酷な話であるだろう。
アリサの死後、アリサの遺言から、ジェロームに贈られた「アリサの日記」のなかには、複雑で生々しい葛藤の跡が見出される。
ジェロームを通じて、信仰における徳を求める心情と、ジェロームの愛を求めながらも、それを否定し受け入れることのできない心情。神をも呪う心情。
これは、ジェロームの求めるアリサが、人間としての真実のアリサそのものではなく、宗教的な意味で理想化された、記憶のなかにおけるアリサであったことを意味している。
人間としてのアリサは、年月を重ねるに従い、若さを失う。
ジェロームが記憶のなかで見詰めている若々しいアリサは、現実には徐々に失われていく。
ある段階を過ぎれば、もはや、導き手としての役割を果たすことはできない。
しかし、ジェロームは、アリサを信仰における徳の導き手として祭り上げ続けるのである。
アリサがジェロームの愛を受け入れるということは、同時に、ジェロームにとっての理想であり続けなければならないという重荷でもある。
けれども、本当に求めていることは、生身の人間として、女性として愛されることなのだ。
ジェロームの愛は、アリサを高め喜ばせると同時に、苦しめ拒絶させるのである。
アリサの苦悩に比べて、ジェロームを愛しながらも別の男性との結婚を選んだジュリエットの平凡な幸福が際立っている。
宗教的人格の持ち主にとって、確かに重要なことであるかもしれない。
ただ、「頭脳の恋」、すなわち、相手のなかに自己の理想の反映を見出し、偶像として祭り上げてしまうことは、相手に対し「あるべき姿」を無意識のうちに求める行為でもある。
アリサの悲劇は、ジェロームがアリサに対し、信仰の導き手としての役割を認め、
最後まで、そこから離れることができなかったことにある。
ジェロームの問題は、信仰という問題に関して、アリサヘの愛の延長線上に、神への愛を認めてしまったことにある。
アリサヘの愛を離れて、神への愛を考えられなくなってしまっているのである。
これは、生身の肉体を持つ女性にとっては、酷な話であるだろう。
アリサの死後、アリサの遺言から、ジェロームに贈られた「アリサの日記」のなかには、複雑で生々しい葛藤の跡が見出される。
ジェロームを通じて、信仰における徳を求める心情と、ジェロームの愛を求めながらも、それを否定し受け入れることのできない心情。神をも呪う心情。
これは、ジェロームの求めるアリサが、人間としての真実のアリサそのものではなく、宗教的な意味で理想化された、記憶のなかにおけるアリサであったことを意味している。
人間としてのアリサは、年月を重ねるに従い、若さを失う。
ジェロームが記憶のなかで見詰めている若々しいアリサは、現実には徐々に失われていく。
ある段階を過ぎれば、もはや、導き手としての役割を果たすことはできない。
しかし、ジェロームは、アリサを信仰における徳の導き手として祭り上げ続けるのである。
アリサがジェロームの愛を受け入れるということは、同時に、ジェロームにとっての理想であり続けなければならないという重荷でもある。
けれども、本当に求めていることは、生身の人間として、女性として愛されることなのだ。
ジェロームの愛は、アリサを高め喜ばせると同時に、苦しめ拒絶させるのである。
アリサの苦悩に比べて、ジェロームを愛しながらも別の男性との結婚を選んだジュリエットの平凡な幸福が際立っている。
2004年3月6日に日本でレビュー済み
題名の狭き門とは新約聖書にある「主よ、救われる人は少ないのですが」と尋ねるとキリストは「狭き門より入るようにしなさい」と答えた。
という一文から来ている。
主人公のジェロームと従姉のアリサの恋物語。メインはアリサの自己犠牲的信仰。地上の幸福・愛を越え一歩でも神に近づくことである。叔母の不倫を観たアリサは純潔さを熱望するようになる。彼女はジェロームと一緒にいることに幸福を感じるが、その後で自分の幸福感を打ち消そうと必死になる。「神様、どうか、あんな幸福感が私たちにとっては本当のものでありませんように。私たちはもっと他の幸福のために生まれてきたのです。」
アリサはジェロームの愛が「頭脳の愛」であることを見抜く。そして自分の存在が彼にとって妨げになることを恐れる……つづく。
こんな内容です。今の時代、自己犠牲の精神は流行りませんね。でも、こんな考えもあるんだ(あったんだ)、という参考までにいかがですか?
という一文から来ている。
主人公のジェロームと従姉のアリサの恋物語。メインはアリサの自己犠牲的信仰。地上の幸福・愛を越え一歩でも神に近づくことである。叔母の不倫を観たアリサは純潔さを熱望するようになる。彼女はジェロームと一緒にいることに幸福を感じるが、その後で自分の幸福感を打ち消そうと必死になる。「神様、どうか、あんな幸福感が私たちにとっては本当のものでありませんように。私たちはもっと他の幸福のために生まれてきたのです。」
アリサはジェロームの愛が「頭脳の愛」であることを見抜く。そして自分の存在が彼にとって妨げになることを恐れる……つづく。
こんな内容です。今の時代、自己犠牲の精神は流行りませんね。でも、こんな考えもあるんだ(あったんだ)、という参考までにいかがですか?
2009年11月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
初めて読んだのは中学2年のときで、アリサの行動が突拍子もないものに思われてなじめなかった。20年以上たって読み直したとき、突拍子もないのは語り手のジェロームのほうだと気づき、目から鱗が落ちる思いだった。
アリサの母が若い男と出奔したとき、母の養父であるヴォーチエ牧師は、説教壇で「力を尽して狭き門より入れ。滅にいたる門は大きくその路は広く、之より入る者おほし。命に至る門は狭くその路は細く、之を見いだすもの少なし」と聖書の引用をするが、このうち、冒頭の「力を尽して」だけがルカ伝のもので、あとはマタイ伝の引用である。マタイ伝の「狭き門」は、「あまりに小さくて、たいていの人は気づかずに通りすぎてしまう門」という意味と思われるが、ジェロームとアリサは、それを「圧延機」のようなものと解する。
ジェロームは、自分がアリサに感化されたように言っているが、実は逆で、年下の秀才ジェロームがアリサの読書を指導し、思想的にも大きな感化を与えていたことが、本文中に示されている。
ジェロームは、久しぶりにアリサに会っても、決定的な一歩を踏み出そうとしない。アリサは、ジェロームが愛しているのは彼の幻想によって理想化された自分であって、現実の自分ではないことがわかるので、彼の求婚を受け入れることができない。ジェロームを愛しながらも為す術を知らず、次第に追い詰められていく。アリサが残した日記には、一人で死んでいくことの絶望感が窺われる。
ジェロームの言葉の裏に現実を読み取ることを求めている、皮肉な本だと思う。しかし、とにかくおもしろい。陰気な話だが、快活で聡明なジュリエット(アリサの妹)の魅力が救いになっている。
アリサの母が若い男と出奔したとき、母の養父であるヴォーチエ牧師は、説教壇で「力を尽して狭き門より入れ。滅にいたる門は大きくその路は広く、之より入る者おほし。命に至る門は狭くその路は細く、之を見いだすもの少なし」と聖書の引用をするが、このうち、冒頭の「力を尽して」だけがルカ伝のもので、あとはマタイ伝の引用である。マタイ伝の「狭き門」は、「あまりに小さくて、たいていの人は気づかずに通りすぎてしまう門」という意味と思われるが、ジェロームとアリサは、それを「圧延機」のようなものと解する。
ジェロームは、自分がアリサに感化されたように言っているが、実は逆で、年下の秀才ジェロームがアリサの読書を指導し、思想的にも大きな感化を与えていたことが、本文中に示されている。
ジェロームは、久しぶりにアリサに会っても、決定的な一歩を踏み出そうとしない。アリサは、ジェロームが愛しているのは彼の幻想によって理想化された自分であって、現実の自分ではないことがわかるので、彼の求婚を受け入れることができない。ジェロームを愛しながらも為す術を知らず、次第に追い詰められていく。アリサが残した日記には、一人で死んでいくことの絶望感が窺われる。
ジェロームの言葉の裏に現実を読み取ることを求めている、皮肉な本だと思う。しかし、とにかくおもしろい。陰気な話だが、快活で聡明なジュリエット(アリサの妹)の魅力が救いになっている。
2017年11月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
早く読み終えたいが、なかなか不朽の名作の手ごわい相手にてこずっている。
2019年10月26日に日本でレビュー済み
"主よ、あなたが示したもうその路は狭いのです。ー二人ならんでは通れないほど狭いのです。"1923年発刊の本書は体制と戦う知識人としても知られた著者による【地上の愛(エロス)と天上の愛(アガペー)の狭間で苦しむ】恋人たちの姿を回顧録と日記の二段構成、平易かつ類がない緊張感溢れた精緻な文章で描いた不朽の名作。
個人的には聖書の授業がある学校を卒業した事もあり本書のタイトルにして聖書から引用された『狭き門』には言葉として親近感がありつつも苦手意識もある複雑な感情から何となく未読だったのですが。そろそろ読むか!と手にとりました。
そんな本書は【一つの男女間の悲劇的恋愛】を著者自身も強く投影されていると思われる【男性側の回顧録】といった形『全体が分かる物語』として前半180ページ。発見された【日記という女性側視点】といった形で信仰心と愛情の狭間で苦しんでいた心情や葛藤といった『細部を対比させる』後半40ページの二段構成となっているわけですが。芥川龍之介の『藪の中』を彷彿とさせる『同一の事象を複数の視点で描く』見事さ、また翻訳を経ても行間から確かに伝わってくる文章の冴えに唸らされました。
一方で、キリスト教に全く縁も所縁もない人にとってはシンプルで【質の高い恋愛小説】として、それはそれで楽しめると思うのですが。私みたいにちょっとかじりでカトリックやプロテスタントといった視点でキリスト教を眺めてしまう人には、ヒロインのアリサの神への信仰を【純粋で理想的】ととるか、恣意的に【過激、過剰】に描いているととるか。で本書の評価は真っ二つにわかれるだろうな。とかやっぱり思いました。(因みに私は後者の受け止め方でした)後はパスカル。。(笑)
美しい古典的恋愛小説を探す誰か、読みやすくも様々に読み解ける物語として、例えば読書会の課題本を探す方にもオススメ。
個人的には聖書の授業がある学校を卒業した事もあり本書のタイトルにして聖書から引用された『狭き門』には言葉として親近感がありつつも苦手意識もある複雑な感情から何となく未読だったのですが。そろそろ読むか!と手にとりました。
そんな本書は【一つの男女間の悲劇的恋愛】を著者自身も強く投影されていると思われる【男性側の回顧録】といった形『全体が分かる物語』として前半180ページ。発見された【日記という女性側視点】といった形で信仰心と愛情の狭間で苦しんでいた心情や葛藤といった『細部を対比させる』後半40ページの二段構成となっているわけですが。芥川龍之介の『藪の中』を彷彿とさせる『同一の事象を複数の視点で描く』見事さ、また翻訳を経ても行間から確かに伝わってくる文章の冴えに唸らされました。
一方で、キリスト教に全く縁も所縁もない人にとってはシンプルで【質の高い恋愛小説】として、それはそれで楽しめると思うのですが。私みたいにちょっとかじりでカトリックやプロテスタントといった視点でキリスト教を眺めてしまう人には、ヒロインのアリサの神への信仰を【純粋で理想的】ととるか、恣意的に【過激、過剰】に描いているととるか。で本書の評価は真っ二つにわかれるだろうな。とかやっぱり思いました。(因みに私は後者の受け止め方でした)後はパスカル。。(笑)
美しい古典的恋愛小説を探す誰か、読みやすくも様々に読み解ける物語として、例えば読書会の課題本を探す方にもオススメ。