カミュの人生観がいたるところに反映された魅力的な作品集で、中でも『転落』は主人公のモノローグで全編を通す小説の設定がかなり個性的だ。そして前半と後半での彼の半生の吐露とその理由は、驚くほどのコントラストを見せるが、それはカミュによって巧みに計算された構成だろう。そこにはまたカミュ自身の体験も主人公のセリフを通して見え隠れしている。例えば恋愛観について、「わたしはもてたし、それを利用していたということ。しかしなんの打算も働いてはいなかった。わたしは誠実、そうほとんど誠実だったのです。女との関係は自然で、自由で、いわば安易なものでした…」女性に対して発展家であった彼自身の反省があるのかもしれない。
『不貞』は砂嵐の厳しい自然環境の中に生きるアラビア人のオアシスに、商売のためにやってきた夫と、気の進まぬままについてきた妻の心境を描いた佳作だが、カミュの情景描写は素晴らしい。一見なんの魅力もないような街の高台から俯瞰する大地や空の色彩の移り変わり、しかしそれは夫とのそれまでの生活を見直さざるを得ない強烈な印象を妻に与える。彼女は夜半に一人ホテルを抜け出して、もう一度その高台へ向かう。この作品はカミュの妻フランシーヌに捧げられている。
『背教者』はカミュの宗教観を扱ったドラマティックな作品で、やはり灼熱の砂漠地帯に舞台が置かれている。カトリックとは常に一定の距離を保っていた彼の物語の大胆な設定は殆ど究極的だが、難解な中にも肉体的苦痛を超える精神の行き場が模索されているのではないだろうか。一方『唖者』は貧しく障碍者でもある樽職人の苦悩と家庭でのささやかな幸福を扱ったネオレアリズモ的なペーソスを含んでいる短編。この話はカミュの実の叔父で聾唖者だが腕の良い樽職人エチエンヌがモデルになっているに違いない。幼い頃のカミュを我が子のようにかわいがってくれた叔父へのオマージュと言うべきか。また『客』はアラビア人の犯罪者に対する同情、それは弱い立場の者や貧しさへのカミュの温かい眼差しでもあるのだが、主人公の教師ダリュは憲兵が連れて来た殺人犯が誠実な人間と見るや、食料を持たせて彼の選択に任せて逃がしてしまう。つまり町へ行って不当な裁判を受けるか、あるいは遠く離れた遊牧民の部落で匿ってもらうかは彼次第というふたつの道を示して、物語は終わっている。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
転落・追放と王国 (新潮文庫) 文庫 – 2003/4/23
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥737","priceAmount":737.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"737","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"cmGBJG1EvQWSLF8rqv9Ij4c2cSKGaEvD5oSeMmcXN%2FOuk%2F4Kv8skjqgtN0SxV1IL0inW5JJ%2FskFB1jaIoNuj2e8Uz0xScFXFXrq3nH0zAIztt1sonGplTG8NCAJhr8xC","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}]}
購入オプションとあわせ買い
『異邦人』『ペスト』に続く第三の小説『転落』が、待望の新訳で登場。
短編集『追放と王国』を併録。
パリでの弁護士生活を捨て、暗い運河の町・アムステルダムに堕ちてきた男、クラマンス。彼の告白を通して、現代における「裁き」の是非を問う、『異邦人』『ペスト』に続くカミュ第三の小説『転落』。
不条理な現実、孤独と連帯といったテーマを扱った六篇の物語からなる、最初で最後の短篇集『追放と王国』。なおも鋭利な現代性を孕む、カミュ晩年の二作を併録。
【目次】
転落
追放と王国(不貞/背教者/唖者/客/ヨナ/生い出ずる石)
訳者解説(大久保敏彦/窪田啓作)
本書収録『追放と王国』より
痩せた蠅が一匹、窓ガラスは明けっぱなしのバスのなかを、ひとしきり、飛びまわっていた。妙に、疲れきった飛び方で、音もなく、行ったり来たりする。ジャニーヌはその姿を見失った。が、まもなく、夫の動かぬ手の上にとまるのを見た。寒かった。砂まじりの風が吹きつけてきて窓ガラスに軋るたびに、蠅は慄(ふる)えていた。冬の朝の薄い光のなかで、鉄板と車軸を軋ませながら、車は横に揺れ縦に揺れ、思うように進まない。ジャニーヌは夫を眺めた。……(「不貞」)
カミュ Camus, Albert(1913-1960)
アルジェリア生れ。フランス人入植者の父が幼時に戦死、不自由な子供時代を送る。高等中学(リセ)の師の影響で文学に目覚める。アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。またアマチュア劇団の活動に情熱を注ぐ。1942年『異邦人』が絶賛され、『ペスト』『カリギュラ』等で地位を固めるが、1951年『反抗的人間』を巡りサルトルと論争し、次第に孤立。以後、持病の肺病と闘いつつ、『転落』等を発表。1957年ノーベル文学賞受賞。1960年1月パリ近郊において交通事故で死亡。
大久保敏彦(1937-2006)
横浜市生れ。早稲田大学大学院仏文博士課程修了。訳書にカミュ『最初の人間』『カミュの手帖 1935-1959』、グルニエ『存在の不幸』、『カミュ=グルニエ往復書簡 1932-1960』など。
窪田啓作(1920-2011)
神奈川県生れ。東京帝大法学部卒。詩人、作家。元欧州東京銀行頭取。『マチネ・ポエティク詩集』、短編集『掌』等の著書の他、フランス文学の翻訳多数。
短編集『追放と王国』を併録。
パリでの弁護士生活を捨て、暗い運河の町・アムステルダムに堕ちてきた男、クラマンス。彼の告白を通して、現代における「裁き」の是非を問う、『異邦人』『ペスト』に続くカミュ第三の小説『転落』。
不条理な現実、孤独と連帯といったテーマを扱った六篇の物語からなる、最初で最後の短篇集『追放と王国』。なおも鋭利な現代性を孕む、カミュ晩年の二作を併録。
【目次】
転落
追放と王国(不貞/背教者/唖者/客/ヨナ/生い出ずる石)
訳者解説(大久保敏彦/窪田啓作)
本書収録『追放と王国』より
痩せた蠅が一匹、窓ガラスは明けっぱなしのバスのなかを、ひとしきり、飛びまわっていた。妙に、疲れきった飛び方で、音もなく、行ったり来たりする。ジャニーヌはその姿を見失った。が、まもなく、夫の動かぬ手の上にとまるのを見た。寒かった。砂まじりの風が吹きつけてきて窓ガラスに軋るたびに、蠅は慄(ふる)えていた。冬の朝の薄い光のなかで、鉄板と車軸を軋ませながら、車は横に揺れ縦に揺れ、思うように進まない。ジャニーヌは夫を眺めた。……(「不貞」)
カミュ Camus, Albert(1913-1960)
アルジェリア生れ。フランス人入植者の父が幼時に戦死、不自由な子供時代を送る。高等中学(リセ)の師の影響で文学に目覚める。アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。またアマチュア劇団の活動に情熱を注ぐ。1942年『異邦人』が絶賛され、『ペスト』『カリギュラ』等で地位を固めるが、1951年『反抗的人間』を巡りサルトルと論争し、次第に孤立。以後、持病の肺病と闘いつつ、『転落』等を発表。1957年ノーベル文学賞受賞。1960年1月パリ近郊において交通事故で死亡。
大久保敏彦(1937-2006)
横浜市生れ。早稲田大学大学院仏文博士課程修了。訳書にカミュ『最初の人間』『カミュの手帖 1935-1959』、グルニエ『存在の不幸』、『カミュ=グルニエ往復書簡 1932-1960』など。
窪田啓作(1920-2011)
神奈川県生れ。東京帝大法学部卒。詩人、作家。元欧州東京銀行頭取。『マチネ・ポエティク詩集』、短編集『掌』等の著書の他、フランス文学の翻訳多数。
- 本の長さ377ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2003/4/23
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104102114106
- ISBN-13978-4102114100
よく一緒に購入されている商品

対象商品: 転落・追放と王国 (新潮文庫)
¥737¥737
最短で4月4日 木曜日のお届け予定です
残り6点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
出版社より
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
---|---|---|---|---|
異邦人 | シーシュポスの神話 | ペスト | 幸福な死 | |
カスタマーレビュー |
5つ星のうち4.3
544
|
5つ星のうち4.2
145
|
5つ星のうち4.0
3,293
|
5つ星のうち4.1
25
|
価格 | ¥649¥649 | ¥693¥693 | ¥935¥935 | ¥693¥693 |
【新潮文庫】カミュ 作品 | 太陽が眩しくてアラビア人を殺し、死刑判決を受けたのちも自分は幸福であると確信する主人公ムルソー。不条理をテーマにした名作。 | ギリシアの神話に寓して”不条理”の理論を追究した哲学的エッセイで、カミュの世界を支えている根本思想が展開されている。 | ペストに襲われ孤立した町の中で悪疫と戦う市民たちの姿を描いて、あらゆる人生の悪に立ち向うための連帯感の確立を追う代表作。 | 平凡な青年メルソーは、富裕な身体障害者の”時間は金で購われる”という主張に従い、彼を殺し金を奪う。『異邦人』誕生の秘密を解く作品。 |
![]() |
![]() |
![]() |
|
---|---|---|---|
革命家反抗か―カミュ=サルトル論争― | 転落・追放と王国 | 最初の人間 | |
カスタマーレビュー |
5つ星のうち3.7
25
|
5つ星のうち4.2
43
|
5つ星のうち4.6
36
|
価格 | ¥506¥506 | ¥737¥737 | ¥781¥781 |
人間はいかにして「歴史を生きる」ことができるか──鋭く対立するサルトルとカミュの間にたたかわされた、存在の根本に迫る論争。 | 暗いオランダの風土を舞台に、過去という楽園から現在の孤独地獄に転落したクラマンスの懊悩を捉えた「転落」と「追放と王国」を併録。 | 突然の交通事故で世を去ったカミュ。事故現場には未完の自伝的小説が──。戦後最年少でノーベル文学賞を受賞した天才作家の遺作。 |
登録情報
- 出版社 : 新潮社; 改版 (2003/4/23)
- 発売日 : 2003/4/23
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 377ページ
- ISBN-10 : 4102114106
- ISBN-13 : 978-4102114100
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 82,689位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 96位フランス文学研究
- - 128位フランス文学 (本)
- - 1,953位新潮文庫
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2020年10月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2004年7月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は『転落』と『追放と王国』の2編からなる作品集です。『追放と王国』は6つの短編からなる短編集で、『転落』はそこに収録する予定で書き始めたが長くなったので独立させたものだそうです。発表は1956~57年で、カミュの執筆歴の中では後期に属します。はっきり言ってかなり難解で、私にはよくわからない部分も多かったというのが正直なところです。ただ、暗い閉塞感のようなものは全編を通じて感じることができました。特に1人称で語られる『転落』は自分の存在のくだらなさをこれでもかというくらいに紙に叩きつけたような作品で、露悪的なムードが極限まで行ってしまった感があります。ドストエフスキーの『地下室の手記』やヘッセの『荒野のおおかみ』のような趣きがあります。
解説によると、こうしたカミュの暗い認識は、サルトルらとの『革命か反抗か』での論争を通じて徹底的に打ちのめされた経験が影を落としたものだそうです。なるほど、そう考えると知識人を揶揄するような『転落』の色調も理解できないでもありません。『ペスト』で人間の連帯を訴えたカミュ自身は深い孤独感の中で晩年を迎えたことは人生の皮肉とでも言う他はありません。
解説によると、こうしたカミュの暗い認識は、サルトルらとの『革命か反抗か』での論争を通じて徹底的に打ちのめされた経験が影を落としたものだそうです。なるほど、そう考えると知識人を揶揄するような『転落』の色調も理解できないでもありません。『ペスト』で人間の連帯を訴えたカミュ自身は深い孤独感の中で晩年を迎えたことは人生の皮肉とでも言う他はありません。
2010年7月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「異邦人」、「ペスト」と並ぶ代表作の中編「転落」と6つの短編から成る「追放と王国」を収めた魅力ある後期作品群。
「転落」は、地獄の輪にも似た同心円状の運河を持つアムステルダム(=地獄の入口)を舞台に、「裁き」の意義を問うた作品。物語は「裁き手にして改悛者」と称するパリ出身の元弁護士の一人称で綴られる。饒舌でいながら、頽廃と虚無の香りがする不思議な男。男が毎日一方的に話しかける相手は無言のままだが、読者代表の意か。男は自身が行なった善行に依る精神的高みを強調する。ナルシシスティックな超人。自分しか愛せない故に、周囲から受ける嘲笑(幻聴だが)と言う「裁き」。他者の優越性を認めず、"最後の審判"を待つ忍耐力も無い男は、自らが「裁き手にして改悛者」にならざるを得ない...。享楽と転落の生活を語り出す男。神と罪との関係、無私の境地、放蕩と牢獄(自由と束縛)、隷属に依る社会集団への帰依、「所有=殺人」論など、男の告白は作者の晩年の思弁を集約したもので、異様な迫力がある。そして、男が語る「改悛」の真の意味...。巧緻な構成と濃密な描写で、「神で無い人の手で人を裁く事の意義」を問い掛けた秀作。
「追放と王国」は、「束縛からの解放に依る自由の王国」との全体テーマの下、他者との隔絶感と連帯への希求、現実が内包する様々な不条理とそれが個人に及ぼす影響、群集の中での孤独などを、練達した文章と構成で綴ったもの。短編ながら各編共に読み応えがある。特に、「客」は絶品 ! 各編で寒暖の厳しさが強調されている点も印象的。
カミュの思弁を集大成した様な作品群で、小説を読む醍醐味を十二分に堪能させてくれる傑作。
「転落」は、地獄の輪にも似た同心円状の運河を持つアムステルダム(=地獄の入口)を舞台に、「裁き」の意義を問うた作品。物語は「裁き手にして改悛者」と称するパリ出身の元弁護士の一人称で綴られる。饒舌でいながら、頽廃と虚無の香りがする不思議な男。男が毎日一方的に話しかける相手は無言のままだが、読者代表の意か。男は自身が行なった善行に依る精神的高みを強調する。ナルシシスティックな超人。自分しか愛せない故に、周囲から受ける嘲笑(幻聴だが)と言う「裁き」。他者の優越性を認めず、"最後の審判"を待つ忍耐力も無い男は、自らが「裁き手にして改悛者」にならざるを得ない...。享楽と転落の生活を語り出す男。神と罪との関係、無私の境地、放蕩と牢獄(自由と束縛)、隷属に依る社会集団への帰依、「所有=殺人」論など、男の告白は作者の晩年の思弁を集約したもので、異様な迫力がある。そして、男が語る「改悛」の真の意味...。巧緻な構成と濃密な描写で、「神で無い人の手で人を裁く事の意義」を問い掛けた秀作。
「追放と王国」は、「束縛からの解放に依る自由の王国」との全体テーマの下、他者との隔絶感と連帯への希求、現実が内包する様々な不条理とそれが個人に及ぼす影響、群集の中での孤独などを、練達した文章と構成で綴ったもの。短編ながら各編共に読み応えがある。特に、「客」は絶品 ! 各編で寒暖の厳しさが強調されている点も印象的。
カミュの思弁を集大成した様な作品群で、小説を読む醍醐味を十二分に堪能させてくれる傑作。
2019年8月13日に日本でレビュー済み
最初の中編「転落」は、改悛した裁き手、以前の訳では、改悛した判事、だった、クラマンスの独白である。自分の世界にドップリとつかっているせいか、非常に分かりづらい。けれども独特の語り口、そして作品の舞台であるアムステルダムの『メキシコ・シティー』の世界にズルズルと引き込まれて行ってしまう。途中で東洋人の描写も、飛び出してくる。「追放と王国」では、最後の「生い出ずる石」では、日本人も登場する。
さてその「追放と王国」では、Camusの生まれ育った北アフリカが背景となっている作品が多いようだ。主人公のジャニーヌは、主人であるマルセルから、沸かしていない水ではなく、ワインを飲むように命じられる。そしてマルセルは、コーランではよく焼いた豚は病気を起こさないことを知らなかった、と述べる。
「背教者」では、舌を切断された男が主人公である。ここでは、やはり実家のメニューが描かれている。「唖者」では、衰退する樽製造業の労働者と経営者の様子が描かれていて、とても分かりやすい。主人公であるイヴァールは足が不自由であり、最後の場面では、継ぎのある下着、が干されている様子が描かれる。「客」は、良くできた作品だろう。従弟を殺したアラブ人が憲兵に連れられて、主人公であるダリュの元にやってくる。そして憲兵は、にダリュに最後の決断を委ねる。「ヨナ」は、画家と働き者の妻ルイズの物語である。癒しの物語、とでも呼べようか。
さてその「追放と王国」では、Camusの生まれ育った北アフリカが背景となっている作品が多いようだ。主人公のジャニーヌは、主人であるマルセルから、沸かしていない水ではなく、ワインを飲むように命じられる。そしてマルセルは、コーランではよく焼いた豚は病気を起こさないことを知らなかった、と述べる。
「背教者」では、舌を切断された男が主人公である。ここでは、やはり実家のメニューが描かれている。「唖者」では、衰退する樽製造業の労働者と経営者の様子が描かれていて、とても分かりやすい。主人公であるイヴァールは足が不自由であり、最後の場面では、継ぎのある下着、が干されている様子が描かれる。「客」は、良くできた作品だろう。従弟を殺したアラブ人が憲兵に連れられて、主人公であるダリュの元にやってくる。そして憲兵は、にダリュに最後の決断を委ねる。「ヨナ」は、画家と働き者の妻ルイズの物語である。癒しの物語、とでも呼べようか。
2018年5月29日に日本でレビュー済み
1952年のサルトルとの論争から、1956年に『転落』が発表されたるまでカミュは約4年間沈黙していた。世間的には、カミュはもう近い内に終わるであろう知識人だ、と見る傾向にあったし、同時に祖国アルジェリアでの戦争勃発、妻の病気という危機に会い、カミュはのっぴきならぬ状況にまで追い詰められる。小説執筆はままならず、自殺に関する言及も増え始めていた。当時かかりつけだった医師によるとかなりの鬱状態であったという。
『転落』という小説はもともと『追放と王国』の中の一中編小説として書かれ始めたが、次第にボリュームが長編レベルにまで増してしまったため、独立した作品としてまとめられた。
ここではその『転落』に絞ってレビューを進めていきたい。
この作品は、日本では『異邦人』や『ペスト』ほどポピュラーでないものの、カミュの作品の中でも最も激烈な‘アウトサイダー’文学である。その強度はドストエフスキーの『地下室の手記』に勝るとも劣らない。
形式は主人公クラマンスの語りかけで進むが、その語調は少しずつ独白的諧謔、欺瞞に対する人間批判の色に染まっていく。
このクラマンスの告白はさながらサルトルらとの論争で自身が演じた役に対するアイロニーである。
「これは謙虚に認めなくちゃなりませんが、わたしという男は虚栄心のかたまりだった。わたし、わたし、わたし、この言葉は大切な人生のルフランで、わたしの口にする言葉にこいつが出てこないことはない。」
「結局、問題なんてなにひとつなかったことになる。戦争、自殺、恋愛、貧困など、周囲から強制されればむろん関心を持つけれど、それもおざなりで、見せかけばかり。」
「簡単に言えば、すべての面に支配力を及ぼしたかったんですな。知的才能よりむしろ肉体的な腕前を披露したくて尊大ぶったり気どったりしたのも、そのためだったんです」
文壇の中心から転落してしまったカミュは、一人地上に佇み、落下した自身の肉体を観察し、分析する。ここには『異邦人』のような自由意志もなければ『ペスト』にあった連帯感も存在しない。
『反抗的人間』を通して社会に対する批判を繰り広げてきたカミュは、その矛先をここでは自身へと向け、過去の自己像を解体している。
本作からは私小説的芳香が放たれている。この趣は後の作品でさらなる加速を見せていく。
だが、単なる独白には無い混沌とした空気が本作全体を覆っている。その原因として、この諧謔がカミュ自身だけでなく、彼を批判した知識人達、ひいては現代社会そのものが抱える不条理の核心に対するものでもあることが関わっている。そういう意図をカミュはすべて織り込み済みで、このような道化を演じているのだ。
『異邦人』『ペスト』など、時の栄華を誇った作品群がカミュ流の「芸術作品」ならば、『転落』という小説は芸術性と自己省察とがモザイク状に入り乱れた交差点である。
『転落』という小説はもともと『追放と王国』の中の一中編小説として書かれ始めたが、次第にボリュームが長編レベルにまで増してしまったため、独立した作品としてまとめられた。
ここではその『転落』に絞ってレビューを進めていきたい。
この作品は、日本では『異邦人』や『ペスト』ほどポピュラーでないものの、カミュの作品の中でも最も激烈な‘アウトサイダー’文学である。その強度はドストエフスキーの『地下室の手記』に勝るとも劣らない。
形式は主人公クラマンスの語りかけで進むが、その語調は少しずつ独白的諧謔、欺瞞に対する人間批判の色に染まっていく。
このクラマンスの告白はさながらサルトルらとの論争で自身が演じた役に対するアイロニーである。
「これは謙虚に認めなくちゃなりませんが、わたしという男は虚栄心のかたまりだった。わたし、わたし、わたし、この言葉は大切な人生のルフランで、わたしの口にする言葉にこいつが出てこないことはない。」
「結局、問題なんてなにひとつなかったことになる。戦争、自殺、恋愛、貧困など、周囲から強制されればむろん関心を持つけれど、それもおざなりで、見せかけばかり。」
「簡単に言えば、すべての面に支配力を及ぼしたかったんですな。知的才能よりむしろ肉体的な腕前を披露したくて尊大ぶったり気どったりしたのも、そのためだったんです」
文壇の中心から転落してしまったカミュは、一人地上に佇み、落下した自身の肉体を観察し、分析する。ここには『異邦人』のような自由意志もなければ『ペスト』にあった連帯感も存在しない。
『反抗的人間』を通して社会に対する批判を繰り広げてきたカミュは、その矛先をここでは自身へと向け、過去の自己像を解体している。
本作からは私小説的芳香が放たれている。この趣は後の作品でさらなる加速を見せていく。
だが、単なる独白には無い混沌とした空気が本作全体を覆っている。その原因として、この諧謔がカミュ自身だけでなく、彼を批判した知識人達、ひいては現代社会そのものが抱える不条理の核心に対するものでもあることが関わっている。そういう意図をカミュはすべて織り込み済みで、このような道化を演じているのだ。
『異邦人』『ペスト』など、時の栄華を誇った作品群がカミュ流の「芸術作品」ならば、『転落』という小説は芸術性と自己省察とがモザイク状に入り乱れた交差点である。
2013年5月24日に日本でレビュー済み
赤貧の環境で育った若いフランス人宣教師が、周囲の反対を押し切って、
酷熱の太陽と塩と岩の国に布教に出かける。
外国人にはいっさい閉ざされた国の、無慈悲な原住民に捕えられ、
薬物投与、性的屈辱の凄惨なリンチのあげく、舌を切り取られてしまう。
血止めの塩と薬草を口一杯に詰め込まれ、穴倉に監禁されるうちに、
洗脳されて彼らの「者神」を信じるようになる。
「新しい神」から後任宣教師殺害の使命を受け、岩陰に潜みながら、
犠牲者を銃の床尾で撲殺する様を思い描き、陶然としながら待ち受ける…
「イエスの軍団」こと、イエズス会員が競うようにして、世界中のもっとも危険な地域に自ら趣き、
各地で1,000人をゆうに超す殉教者を出した、という話は聞いたことがありました。
日本で棄教した実在のフェレイラ(沢野忠庵)や、遠藤周作の『沈黙』の主人公も
なんと酷い話だろうと思いましたが、それをはるかに凌駕する、悪夢のような話でした。
大学生のとき初めて読んで恐怖を感じたのですが、30年近くたって再読してみたらもっと恐ろしかったです。
酷熱の太陽と塩と岩の国に布教に出かける。
外国人にはいっさい閉ざされた国の、無慈悲な原住民に捕えられ、
薬物投与、性的屈辱の凄惨なリンチのあげく、舌を切り取られてしまう。
血止めの塩と薬草を口一杯に詰め込まれ、穴倉に監禁されるうちに、
洗脳されて彼らの「者神」を信じるようになる。
「新しい神」から後任宣教師殺害の使命を受け、岩陰に潜みながら、
犠牲者を銃の床尾で撲殺する様を思い描き、陶然としながら待ち受ける…
「イエスの軍団」こと、イエズス会員が競うようにして、世界中のもっとも危険な地域に自ら趣き、
各地で1,000人をゆうに超す殉教者を出した、という話は聞いたことがありました。
日本で棄教した実在のフェレイラ(沢野忠庵)や、遠藤周作の『沈黙』の主人公も
なんと酷い話だろうと思いましたが、それをはるかに凌駕する、悪夢のような話でした。
大学生のとき初めて読んで恐怖を感じたのですが、30年近くたって再読してみたらもっと恐ろしかったです。