2019年に南方熊楠記念館を訪れた時に、記念館では独自の熊楠のカタログなどを販売していなかった。そこでで、館員にお勧めの本を尋ねたところ、現在、「館にも在庫はないけれども、熊楠関連でベスト」ということで勧められたのが本書。本書では記念館などが所蔵している熊楠関連のものが写真で網羅されており記念館や田辺の南方熊楠顕彰館・南方熊楠邸を訪れた人には記念になる本。
多岐にわたる分野で熊楠の関りが紹介されているが、写真が多くて読みやすい反面、深みに欠ける部分は否めない。たとえば、熊楠の書いた手紙、投稿した雑誌の表紙、などは写真で紹介されているのだが、その内容について熊楠本人の書いた原著の説明や引用が乏しい。たとえば、ネイチャー掲載の論文の写真は掲載されていてもp52、論文のリストすら本書には掲載されていない。熊楠の「履歴書」の写真も2ページにわたって掲載p80されているが字が小さすぎて判読不能な上、内容の説明は、別のコラムでわずかに触れられているのみ。「十二支考」については熊楠のメモの写真(5ページにも及ぶが、この解説はなく、文字は判読すら困難)などの紹介に終わっているp120。「十二支考」を実際読んでみると、熊楠のユニークな文体、本人の興味などがわかるのだが、本書からは魅力が伝わらない。原著からの引用を重視し、ここからネイチャーでの論文発表をした熊楠自身の姿勢とは皮肉にも異なる編集方針と言えなくもない。これは紙面の関係でやむを得なかったのだろうが、本書を読んでから熊楠自身の書いた本を読みたい、熊楠のすすめた学問をここからすすめたい(民俗学、エコロジー、粘菌について)というモチベーションがおこらないのも、内容が表面的に終っているためであろう。熊楠に対する評価も礼賛が多く批判的なものが極めて少ないのも物足りない。たとえばp91に牧野富太郎が“南方君は大植物学者と信じられているが、実は同君は大なる文学者でこそあったが決して大なる植物学者では無かったp91”しているのは一理あり、彼の新発見した粘菌は一つしかなく、個人的に採集した菌群の記録も結局公表せずに終わっているp91。
熊楠関連の入門書として、本書より優れているのは水木しげるの描いた漫画「猫楠」で、こちらでは熊楠の人間的な魅力・欠点などが生き生きとかかれている。本書も猫楠を読後に読むと、登場人物の写真(熊楠本人のものは勿論、恋人で美人姉妹の誉れが高かった多屋たかp66の写真まで掲載)や、猫楠で描かれたストーリーが写真などで解説されているなどして楽しめる。
本書で注目されるコラムは「神島の自然保護についてp92」で、本書の他所では神島を、熊楠が昭和天皇を案内し天然記念物指定に導いた美談しか書かれていない。ところが、ここでは既に記念物に指定された時点で神島は伐採されおり、その後もタブノキが盗まれ、鵜・ドブネズミ・テイカカズラ・ハマカズラの繁殖で生態系がこわされている実態が書かれている。実際和歌山県田辺市を訪れてみると神島は鳥の巣泥岩岩脈からは目の前に見ることができ、鳥居も肉眼で確認される美しい島である。現在、神島は天然記念物に指定されているため上陸が許可されていないが、こうした状況ではまったく意味のない指定である。むしろエコ観光などに開放して保護をしなくては、「保存・保護」を名目に実際は荒廃にまかせている世界遺産の古墳群などと同じである。
他に本書で貴重なのは以下。和歌山の森林破壊を決定的にしたのは熊楠が反対した神社合祀令ではなく、熊楠没後の1950年代以降に林野庁がすすめた植林政策p102.熊楠が柳田邦男へ合祀反対の支援を求め書き送った和歌p140 “音にきく熊野くす日の大神(=熊楠のこと)も柳の蔭を頼むばかりぞp140。熊楠に孫文が残した揮毫「海外逢知音(海外にて知音と逢う)」の写真p62.和歌山中学の熊楠の恩師鳥山啓は軍艦マーチの作詞をしたp146.

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南方熊楠―森羅万象に挑んだ巨人 (別冊太陽 日本のこころ 192) 大型本 – 2012/1/19
中瀬 喜陽
(著)
博物学の巨人であり、エコロジーの提言者である熊楠の没後70年記念号。その生涯と思想をビジュアルに展開した、熊楠を知るためのエンサイクロペディアといえる決定愛蔵版。
- 本の長さ160ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2012/1/19
- ISBN-104582921922
- ISBN-13978-4582921922
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登録情報
- 出版社 : 平凡社 (2012/1/19)
- 発売日 : 2012/1/19
- 言語 : 日本語
- 大型本 : 160ページ
- ISBN-10 : 4582921922
- ISBN-13 : 978-4582921922
- Amazon 売れ筋ランキング: - 192,316位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 10,281位アート・建築・デザイン (本)
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2019年8月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2014年7月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
最近知った知の巨人。系統的に学習する上で概括的な把握ができる書である。
2015年8月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
文章が読みやすく、熊楠の業績と生き方をいろいろな角度から紹介しているので、楽しく興味深く読ませてもらいました。
2012年7月7日に日本でレビュー済み
もう30年以上も前になるが津村陽氏が書いた「巨人伝」というタイトルの南方熊楠の伝記を、文芸春秋の連載で読んだことを思い出しながら本書を手にした。
本書では、南方熊楠の研究者などが、それぞれ専門の分野でページを分けて解説しているから、エピソードや南方熊楠の履歴などに於いて時系列で重なる記述も多くあるが気にはならない。
南方熊楠が上京して入学した東京大学予備門の共立学校で、塩原金之助(夏目漱石)、正岡常規(正岡子規)、秋山実之や山田美妙など錚々たる人たちが机を並べていたのが歴史の必然だったのではなかろうか、と私には思えてならないのである。(全国の俊才が東京大学予備門に集まる時代だったからだろう)
大昔に読んだ津村陽氏の「巨人伝」の記憶と重ね合わせながら本書を読み進んだが、イギリス留学中の時には、その能力をイギリス当局に認められるまでになり、大英博物館へフリーパスで入館できるようになり、どのような書籍でも自由に書き写すことを許されるまでになった南方熊楠という博覧強記の巨人を理解するための資料や図版、写真など多く掲載されているから南方熊楠の偉業を目で理解できる貴重な書となってる。
本書では、南方熊楠の研究者などが、それぞれ専門の分野でページを分けて解説しているから、エピソードや南方熊楠の履歴などに於いて時系列で重なる記述も多くあるが気にはならない。
南方熊楠が上京して入学した東京大学予備門の共立学校で、塩原金之助(夏目漱石)、正岡常規(正岡子規)、秋山実之や山田美妙など錚々たる人たちが机を並べていたのが歴史の必然だったのではなかろうか、と私には思えてならないのである。(全国の俊才が東京大学予備門に集まる時代だったからだろう)
大昔に読んだ津村陽氏の「巨人伝」の記憶と重ね合わせながら本書を読み進んだが、イギリス留学中の時には、その能力をイギリス当局に認められるまでになり、大英博物館へフリーパスで入館できるようになり、どのような書籍でも自由に書き写すことを許されるまでになった南方熊楠という博覧強記の巨人を理解するための資料や図版、写真など多く掲載されているから南方熊楠の偉業を目で理解できる貴重な書となってる。
2012年4月30日に日本でレビュー済み
『南方熊楠全集(全10巻別巻2)』や『南方熊楠選集(全6巻別巻1)』を出版している平凡社の力の入れようが感じられる内容でした。1941年に逝去した南方熊楠の没後70年記念出版ですから尚更です。
「別冊太陽」自身が72年に第1号を刊行してからちょうど40年目にあたります。副題にあるように「森羅万象に挑んだ巨人」南方熊楠の全容をしっかりと捉えるべく、多くの知識人を動員して各方面から果敢なアプローチが施されてありました。写真、図版、自筆のノートや書簡がふんだんに掲載されていますので、南方熊楠の初学者は勿論、これまで熊楠の業績の跡をたどった人にも十分満足いく内容でしょう。
執筆者であり監修者の中瀬喜陽氏(南方熊楠顕彰館館長)の「熊楠のいる風景」で大まかな人となりが伝わってくるでしょうが、本書の各方面の業績の凄まじさにはあらためて驚かされます。
「エコロジー」の観点から熊野の森の樹木伐採に反対し続けたわけで、時代が100年経った今日、その先見性に感心するばかりです。明治42年(1909)に「神社合祀反対運動」を起こしているわけで、植物保護を訴える彼の行動力は21世紀の今日にも必要な考え方なのは間違いありません。
豊かな自然界に生息する粘菌の変形体も14ページの写真で理解できますが、生物学や植物学、民俗学の各分野にこれだけ膨大な功績を残した人物もいないでしょう。
熊楠のデビュー作「東洋の星座」が掲載された科学雑誌「ネイチャー」の1893年10月5日号も図版として紹介してあり、その後イギリスにおいてどのような関わりを持ったのかも48ページ以降に詳述してありました。
これまで価値ある多くの出版を果たしてきた「別冊太陽」シリーズですので、内容の確かさは折り紙つきでしょう。コラムも充実しており、掲載されている21本もの物珍しい記述が本書の価値を高めていました。
「別冊太陽」自身が72年に第1号を刊行してからちょうど40年目にあたります。副題にあるように「森羅万象に挑んだ巨人」南方熊楠の全容をしっかりと捉えるべく、多くの知識人を動員して各方面から果敢なアプローチが施されてありました。写真、図版、自筆のノートや書簡がふんだんに掲載されていますので、南方熊楠の初学者は勿論、これまで熊楠の業績の跡をたどった人にも十分満足いく内容でしょう。
執筆者であり監修者の中瀬喜陽氏(南方熊楠顕彰館館長)の「熊楠のいる風景」で大まかな人となりが伝わってくるでしょうが、本書の各方面の業績の凄まじさにはあらためて驚かされます。
「エコロジー」の観点から熊野の森の樹木伐採に反対し続けたわけで、時代が100年経った今日、その先見性に感心するばかりです。明治42年(1909)に「神社合祀反対運動」を起こしているわけで、植物保護を訴える彼の行動力は21世紀の今日にも必要な考え方なのは間違いありません。
豊かな自然界に生息する粘菌の変形体も14ページの写真で理解できますが、生物学や植物学、民俗学の各分野にこれだけ膨大な功績を残した人物もいないでしょう。
熊楠のデビュー作「東洋の星座」が掲載された科学雑誌「ネイチャー」の1893年10月5日号も図版として紹介してあり、その後イギリスにおいてどのような関わりを持ったのかも48ページ以降に詳述してありました。
これまで価値ある多くの出版を果たしてきた「別冊太陽」シリーズですので、内容の確かさは折り紙つきでしょう。コラムも充実しており、掲載されている21本もの物珍しい記述が本書の価値を高めていました。
2012年6月8日に日本でレビュー済み
おそらく日本で初めて「エコロジー」という言葉を使った、慶応初頭〜明治始めに生きた人物です。
先日、NHK「歴史秘話ヒストリア」でも、紀州熊野に絡めて取り上げられました。
神社合祀反対運動の先駆者で、彼の活動が無ければ、今日の熊野の大自然は残っていなかったでしょう。
この本は、熊楠氏の没後七十年を記念して、出版されました。
紀南や熊野の美しい自然の数々の、カラー写真。
荒俣宏氏を始めとする、著名人による、南方熊楠氏の解説。
彼の生涯から研究資料に至る迄網羅し、カラーで編修された、大変貴重で満足間違い無しの一冊です。
先日、NHK「歴史秘話ヒストリア」でも、紀州熊野に絡めて取り上げられました。
神社合祀反対運動の先駆者で、彼の活動が無ければ、今日の熊野の大自然は残っていなかったでしょう。
この本は、熊楠氏の没後七十年を記念して、出版されました。
紀南や熊野の美しい自然の数々の、カラー写真。
荒俣宏氏を始めとする、著名人による、南方熊楠氏の解説。
彼の生涯から研究資料に至る迄網羅し、カラーで編修された、大変貴重で満足間違い無しの一冊です。
2012年3月8日に日本でレビュー済み
熊楠について書かれた感想のなかに、その天才ぶりを、ビル・ゲイツと比較しているものもあったが、なるほどと納得。昭和16年にこの世を去った熊楠が今の時代を生きていたら、と想像するのは無駄ではないと思う。