谷崎のストーリーテラーとしての突出した才能、物語る力を楽しめる作品。
たぶん、この作品を「日本文学の傑作」と評そうとすると、とてつもない日本文学史の素養がためされることになって(そもそも、「日本文学の」なんてどでかい文言を持ち出した時点で、谷崎作品に対してに限らず、必然的にそうなるけど)、かなりしんどいことになる。
けど、春琴と佐助の規格外の愛についての物語を楽しむ分には、そんなもの要らない。その物語を通して、谷崎にとってのマゾヒスムってそういうものだったのか、それなら変態云々って話じゃなくて、私たちみんなにありえるような「愛の深さ」のことなんだ、って得心するにも知識ってさほど求められないから。読みにくいといえば読みにくい文章だけど、「どうなるの」、「なぜ」と谷崎の仕掛けにのせられて、多くの人は読み切れてしまう、そして「よくわからんけど、すごい、おもしろい」となるから。
それに気づいたのは、「鵙屋」、「鴫澤」といった鳥の名前がでてくるだけじゃなく、ウグイス、ヒバリに大変濃密な記述がなされていて、どうやら春琴と佐助の関係を理解する上で鳥がキーポイントになっているとは分かるんだけど、その手がかかりが容易には作中に見つからず、それで色々調べてみたから。
雪のうちに春はきにけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらむ 藤原高子 古今和歌集
鶯の涙のつららうちとけて古巣ながらや春をしるらん 惟明親王 新古今和歌集
といった和歌、つまり作品の外にその典拠を求めてる人たち、国文学に詳しい人たちがいるのを知った。ずらずら句読点の数を減らして書いていることは、「日本の古典にはそもそも句読点なしで書かれていますよ」という基本的な知識でまかなえて、しかも、そういうものなしでも理解できて、それどころか、つまりながら意味を取るように読み直すことも、じぶんなりの句読点をさがすことも、決して読むことのマイナスにはならないと分かってくるが、こんな本歌取りみたいなことをしているまでは私には見抜けなかった。
そういうのに気づくと、谷崎が源氏物語を何度も訳し直したことから、ああいう典雅な文章を志向していたのはしっていたけど、この『春琴抄』には漢文脈のキビキビした文章、漢語の圧縮された表現、たとえば「この時賊は周章の余り、有り合わせたる鉄瓶を春琴の頭上に投げ付けて去りしかば、雪を欺く豊頬に熱湯の余沫飛び散りて口惜くちも一点火傷の痕あとを留とどめぬ。素より白璧の微瑕に過ぎずして昔ながらの花顔玉容は依然として変らざりしかども……」、そんなものが混在していて、あれっ?とはなっていたことにも合点がいくようになる。たぶん、古典のいろいろな相がとりこまれているんだなと。
それだけじゃない。わざわざ舞台を大阪に据えて、大阪の口語も取り込もうとしているともわかってくる。うしてはじめて、この小説が「鵙屋春琴伝」なる架空の冊子、佐助と春琴をよくしる人の証言、これらの言葉を引用しつつそれを批評的にこれは信用できない、これはきっとこうに違いないと自分の声を響かせる語り手の声(散々読点を省きながら、突如「私は、おりから夕日が墓石の表にあかあかと……」とギョッとするような読点で存在をきわだだせる)がかさなりあって、「物語」、客観的な神の言説として事実がつげられるのでなく、語り手の世界の見え方が「声」として重ねられていくという書き方がなされているとわかってくる。そういう意味での「物がたり」。
本当にすごいなあと思うのは、こういったことを分からないでも、やっぱりおもしろかった、それは間違いなかったということ。それぞれの理解に応じて、さまざまな作り込みがわかるようにできているけれども、単純に物語りの面白さに導かれるだけで、マゾヒスムといわれるものが、苦痛を喜ぶとするわかりにくさ、それ故変態とみなされるものが、「愛」に裏打ちされたものと知れたことがある。佐助のあの決断をプロットとして構想し得た時点でこの作品は生まれながらの古典が約束されたのだと思われる。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥2,000以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
新品:
¥550¥550 税込
ポイント: 17pt
(3%)
無料お届け日:
3月30日 土曜日
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
新品:
¥550¥550 税込
ポイント: 17pt
(3%)
無料お届け日:
3月30日 土曜日
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
中古品: ¥44
中古品:
¥44

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
春琴抄,吉野葛 (中公文庫 A 1-18) 文庫 – 1986/1/10
谷崎 潤一郎
(著)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥550","priceAmount":550.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"550","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"e6wu1ej2q6FXVfQNLzUsTA6qFmW%2FKkvZlEbxObfkYfIIY4etLe%2BeZ40RYw%2FS%2BO3EiMrFcH34e%2BGlrkt4cFeRTf9uG4wu5Ov5gDUrG8SzRWv2GjNjewrWLax%2FtKuGAqTc","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥44","priceAmount":44.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"44","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"e6wu1ej2q6FXVfQNLzUsTA6qFmW%2FKkvZKNy95gpy%2FkSqnUbGIAti1UVsxM%2FkQHBlvLEOMXyXxhyS0gTZWHzZnWJVdRORHjYh%2BxD7DU6H8z2WKKsNI9wsJKZb5UFlcfvBWV%2B7FBSXR6OOP6Z4k0cHh4cFuODpGv1gwX1ZvPDTy3RXOm4ddUXQbA%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
- 本の長さ176ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日1986/1/10
- ISBN-104122012902
- ISBN-13978-4122012905
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (1986/1/10)
- 発売日 : 1986/1/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 176ページ
- ISBN-10 : 4122012902
- ISBN-13 : 978-4122012905
- Amazon 売れ筋ランキング: - 345,676位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2021年6月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
一途に人を好きになる事とは。
五感の一つを失っても、師匠、女性に添い遂げられのかと、自問しました。
五感の一つを失っても、師匠、女性に添い遂げられのかと、自問しました。
2017年4月9日に日本でレビュー済み
.
谷崎の最高傑作のひとつである「春琴抄」・・・日本文学不朽の名作。
若き谷崎の魅力である 耽美、女神崇拝、などの要素が、後年の古典回帰の「伝統美追求」へと
融合し、変容してゆく架け橋となる記念碑的作品。
正宗白鳥が 「 実話と思った 」 と評した 迫真の筆致は、谷崎の " story telller " としての力量を
余すところなく示すと共に、谷崎の 「 和文 」 の絢爛たる美しさが 読後の永い余韻を誘う。
谷崎の最高傑作のひとつである「春琴抄」・・・日本文学不朽の名作。
若き谷崎の魅力である 耽美、女神崇拝、などの要素が、後年の古典回帰の「伝統美追求」へと
融合し、変容してゆく架け橋となる記念碑的作品。
正宗白鳥が 「 実話と思った 」 と評した 迫真の筆致は、谷崎の " story telller " としての力量を
余すところなく示すと共に、谷崎の 「 和文 」 の絢爛たる美しさが 読後の永い余韻を誘う。
2005年5月19日に日本でレビュー済み
春琴抄はせいぜい100ページぐらいの分量なのに、春琴と佐助の特異な関係と生涯を完璧に描いたばかりか、とても面白いエピソードをちりばめて全く飽きさせない。この短さが素晴らしいのだ。おそらく現代の作家達なら得意になって千ページも2千ページもくどくどと書き連ねるに違いない。もちろん谷崎は分量をふやして印税や原稿料を稼ごうなどという浅ましい事はしない。小説とはこういう風に書くんだと、誰もまねのできない文章で私達を楽しませる。凝った格調高い美文なのだが、驚くほどわかりやすく、しかも無駄が無い。文章は短いセンテンスで、会話はカギ括弧でくくってテンポ良く、などとぬかしている当今の文章家どもは春琴抄をどう評価するつもりなのだろう。本当に美しい、そしてワクワクする日本語の物語を読みたい人にはぜひおすすめ。吉野葛はエッセイ風の作品で内容はちょっと地味だが、滋味あふるる文章を熟読してゆくと、甘露のような芳ばしさを味わえますヨ。旅情に満ちた玄人好みの作品。