「日本の歴史 本当は何がすごいのか」の姉妹編。
日本は島国であり、大陸と距離があるため、大昔、日本に来るには大変な努力や工夫が必要で、そうした能力のある人々だけが日本にやってきた。つまり、優秀な人だけが日本にやってきたわけである。その日本の自然条件は、比較的温暖で、食料となる動植物が豊富にあったので、人々は争う必要がなかった。一方、ヨーロッパでは、「大移動」と「侵略」が繰り返され、歴史的に戦争や闘争が常態だった。日本は島国であることによって、侵略から守られ、同時に、攻めてこられても、撃退する知恵と情報力を持っていた。こうした自然条件・歴史条件が、日本の文化をつくるうえで重要な要素となって、独自な文化を生んでいる。
著者の田中英道氏は、神道が日本人の生き方や道徳をまとめているという。自然というのは偉大であり、自然の豊かさに信頼を置く一方、過酷な面も受け入れるという思想である。この自然信仰は日本人の身についており、ルールとして文章化する必要もなかったので、神道には経典がないという。神道は、自然信仰、御霊信仰、皇祖霊信仰の三つがあり、日本文化の根幹はこの自然信仰にあるという。
富士山は、縄文時代から富士信仰の形跡が見られ、「万葉集」でも神の山としてうたわれている。葛飾北斎の「富嶽三十六景」では、その半分が江戸から見える小さな富士である。これは、江戸が富士山によって守られているという自然信仰を表しているのである。この「富嶽三十六景」が十九世紀後半にヨーロッパで大流行したのは、自然が人間を守るものだという自然観がヨーロッパの人々の心をとらえたからだという。セザンヌ、モネ、ゴッホも日本の自然信仰、神道を受け入れ、取り入れた。
東日本大震災の際に見せた日本人の行動の秩序正しさ、忍耐強さが西洋人に感動を与えたのは、日本人が持っている自然信仰が、神(キリスト)にかわって優れているということを敏感に感じたからではないかという。それは、一世紀以上前に、印象派の画家たちによって感じられたこと、受け入れられていたことだったのである。
すぐれた美術作品には、”気韻生動(魂がこもっている)”があり、人々が芸術に触れて感動するのは、この気韻生動による。日本の仏像には魂がこもっており、それが仏像を生き生きとしたものにしている。仏師という言葉が日本にしかないように、日本の仏像は他国と違う。著者は、有名な仏像を幾つか挙げて、この気韻生動を説明している。この「形」に「魂」をこめるのが御霊信仰である。「能」はお面をつけて演じられる仮面劇であるが、仮面をつけた役者によって表現されているのは、まさに「魂」である。人形浄瑠璃も歌舞伎も同様である。
日本の豊かな自然環境が生を喜ぶ感覚、現世を肯定する感覚を培い、生かされている思いが霊的な存在としての多くの神になり、更には、この世を肯定する楽天性が人間を神的な存在と感じる感性になり、それが、人は死んだら神になる、という文化につながっていく。仏教の言葉で死ぬことを「お陀仏」というが、「死んだら仏になる」という思想は仏教の原初にはなく、仏教が日本の文化に溶け込み、神道化した姿だという。逆にいえば、仏教は神道化することによって日本人の宗教になり得たということである。
外国人にとって奇異に映る特攻隊員の行為は神になる飛翔であり、死に対する潔さは、日本文化の発露なのだといえる。靖国神社は日本人の死生観を自然に表現している日本文化の結晶のひとつである。
「古事記」では、「国譲り神話」が記されている。天上界の最高神である天照大神が、地上界の主である大国主命に使者を派遣して国を譲れといっている。これは、戦争を仕掛けるのではなく、交渉によって、国を譲れといっているのである。大国主命は「国譲り」の条件として、出雲に自分たちが住むための巨大な神殿を建ててほしいといい、そうして立てられたのが出雲大社だという。
出雲大社は史跡としてはそれほど注目されていなかったが、ここ三十年ほどの間に、近くの遺跡から大量の銅剣や銅鐸が相次いで発見されたことにより、史跡としての重要性が認識された。大国主命は古墳時代以前に地方豪族として存在していた、それが神話化されたのが「古事記」だった、そうしたことが古墳や遺跡など考古学上の発掘から推測できるという。
神話といっても、まったくの作り話なのではなく、何らかの事実や出来事を神話化したのが、「古事記」であり、「日本書紀」の神話の部分だろうと著者はいう。そして、今後は、考古学的事実が神話に記されている内容を裏付けることが増えていくのではないかと述べている。
この「国譲りの論理」が、聖徳太子の「和を以て貴しとなす」という十七条憲法の論理になっていく。聖徳太子が仏教を積極的に取り入れたことにより、共同宗教としての神道と、個人宗教としての仏教を併せもつことによって、日本人はより安定した精神をもつようになった。神道と仏教が神仏習合によって一体となった、これによって、すぐれた文化が生まれる条件が整った。これは、キリスト教文化圏で、ルネッサンスの時代にその文化が花開いたこととも関連している。キリスト教そのものが、共同宗教と個人宗教が結びついたものだからだという。
著者は、日本にふさわしい呼び名は「文化大国」であろうと述べている。「万葉集」に見られる和歌をうたう精神が、特別な詩人や階層だけでなく、一般庶民にまで行き渡っていたということは、日本の文化力の高さを示しており、一般庶民を含めた平均的な文化力が、高い文化を作り出す要因としてあった。いま、日本が世界でもっとも好ましい国のひとつとして評価される背景には、技術力の高さ、安全性の評価とともに、そうした文化を大事にする精神が評価されているのである。日本が長い歴史の中で築き上げてきた文化の特殊性と素晴らしさに、世界が気付き始めたということがあるのだろうと述べている。

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日本の文化 本当は何がすごいのか 単行本 – 2013/3/23
田中 英道
(著)
世界が注目する“クールジャパン"の真髄とは――
『古事記』、『万葉集』、美しい仏像、西行の歌、兼好法師の『徒然草』、葛飾北斎の『富嶽三十六景』、祭り、富士山、能、皇居、老舗など、
日本文化を貫く原理は“神道"にあり!
美術史の国際的権威が、日本文化の特色を比較文化の視点でわかりやすく説き明かす。
なるほど、そういうことだったのか! “目からウロコの新視点"
◇ 日本列島に住む人々は“ふるいがけ"が行われていた
◇ “専守防衛"は日本の伝統
◇ 神話が語る日本文化の特色とは
◇ 東京のど真ん中にある“空洞"=皇居の不思議
◇ 聖徳太子の「和の精神」とは
◇ 『万葉集』を読むと日本人の考え方がわかる
◇ 日本人は「老い」を肯定的にとらえてきた
◇ 光源氏は日本文化のすごさを物語っている
◇ 葛飾北斎は『富嶽三十六景』で何を語っているのか
◇ エッフェル塔は富士山に似ている! ?
◇ 日本の浮世絵がヨーロッパで大流行した本当の理由とは
◇ すぐれた文化が生み出される条件とは……、その他
『古事記』、『万葉集』、美しい仏像、西行の歌、兼好法師の『徒然草』、葛飾北斎の『富嶽三十六景』、祭り、富士山、能、皇居、老舗など、
日本文化を貫く原理は“神道"にあり!
美術史の国際的権威が、日本文化の特色を比較文化の視点でわかりやすく説き明かす。
なるほど、そういうことだったのか! “目からウロコの新視点"
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◇ 聖徳太子の「和の精神」とは
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◇ 光源氏は日本文化のすごさを物語っている
◇ 葛飾北斎は『富嶽三十六景』で何を語っているのか
◇ エッフェル塔は富士山に似ている! ?
◇ 日本の浮世絵がヨーロッパで大流行した本当の理由とは
◇ すぐれた文化が生み出される条件とは……、その他
- 本の長さ250ページ
- 言語日本語
- 出版社扶桑社
- 発売日2013/3/23
- ISBN-104594067891
- ISBN-13978-4594067892
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商品の説明
著者について
田中英道
昭和17(1942)年東京生まれ。東京大学文学部仏文科、同美術史学科卒業。ストラスブール大学に留学しドクトラ(博士号)取得。文学博士。
現在、東北大学名誉教授。フランス、イタリア美術史研究の第一人者として活躍するかたわら、日本美術の世界的価値に着目し、精力的な研究を展開している。
また、日本独自の文化・歴史の重要性を提唱し、日本国史学会(平成24年設立)の創設に尽力、代表を務める
(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
昭和17(1942)年東京生まれ。東京大学文学部仏文科、同美術史学科卒業。ストラスブール大学に留学しドクトラ(博士号)取得。文学博士。
現在、東北大学名誉教授。フランス、イタリア美術史研究の第一人者として活躍するかたわら、日本美術の世界的価値に着目し、精力的な研究を展開している。
また、日本独自の文化・歴史の重要性を提唱し、日本国史学会(平成24年設立)の創設に尽力、代表を務める
(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 扶桑社 (2013/3/23)
- 発売日 : 2013/3/23
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 250ページ
- ISBN-10 : 4594067891
- ISBN-13 : 978-4594067892
- Amazon 売れ筋ランキング: - 511,535位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年4月1日に日本でレビュー済み
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2022年2月20日に日本でレビュー済み
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日本の文化、文明を通して、日本人が遺伝的に持っている信仰の心が分かり易く書かれています。新聞のコラムを読む感じですので、ちょっと一服のようなときに気軽に読める本です。忘れかけている日本人の精神、自然を信仰する心をちょっと思い出す切っ掛けになると思います。
2014年7月4日に日本でレビュー済み
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日本の文化、日本人は何を頼りに生きてきた来たのか少しだけ理解できました。何度も読み返していますが読めば読むほど深くなって行くので神秘です。
2013年7月16日に日本でレビュー済み
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日本の成り立ちや風習 宗教に興味があり わずかですが
それらに関する本を読み、その土地を訪ね 人の話を聞きました。
自分なりに なんて日本て素敵なんだろうと 思いが大きくなります。
この本は 広く浅くではありますが その思いを確認させてもらいました。
自虐的な歴史観 文化観を植え付ける戦後マスコミや教育で
本当の日本の良さを知らない日本人は知るべきです。
それらに関する本を読み、その土地を訪ね 人の話を聞きました。
自分なりに なんて日本て素敵なんだろうと 思いが大きくなります。
この本は 広く浅くではありますが その思いを確認させてもらいました。
自虐的な歴史観 文化観を植え付ける戦後マスコミや教育で
本当の日本の良さを知らない日本人は知るべきです。
2022年5月14日に日本でレビュー済み
著者の立論は、具体的で筋が通っていて説得力がある。
日本の社会・文化を貫くものは「神道」である。仏教は、その後入ってきた。
日本人は、どこから来たか。と云うことである。
近年の研究に於いて、免疫グロブリンの遺伝子分析が可能となった。
その結果によれば通説と異なり、古い時代の人の流れは日本~朝鮮半島~中国大陸となっている。その逆ではない。
人の流れの科学的な結論であり従来の学説とは逆の流れである。従来説は、「人」でなく「文化」の流れであった。
そして、「神道」とは日本列島の中で生まれた民族宗教である。
なので、社会・文化の基質は、「神道」と云うことになる。
従来の説は、その後の先進文明・文化の流れを捉えたもので民族としての気質は、「神道」その上部に「仏教等」が重なった。と云うのが正解であろう。
日本の社会・文化を貫くものは「神道」である。仏教は、その後入ってきた。
日本人は、どこから来たか。と云うことである。
近年の研究に於いて、免疫グロブリンの遺伝子分析が可能となった。
その結果によれば通説と異なり、古い時代の人の流れは日本~朝鮮半島~中国大陸となっている。その逆ではない。
人の流れの科学的な結論であり従来の学説とは逆の流れである。従来説は、「人」でなく「文化」の流れであった。
そして、「神道」とは日本列島の中で生まれた民族宗教である。
なので、社会・文化の基質は、「神道」と云うことになる。
従来の説は、その後の先進文明・文化の流れを捉えたもので民族としての気質は、「神道」その上部に「仏教等」が重なった。と云うのが正解であろう。
2013年8月26日に日本でレビュー済み
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この本を含め日本人の良さについていろいろと研究しました。何故、自虐的発想をマスコミは好むのでしょうか?
結局日本人である自分を否定していることになってしまいますよ。日本人捨てたものじゃないですよ。
結局日本人である自分を否定していることになってしまいますよ。日本人捨てたものじゃないですよ。
2022年1月15日に日本でレビュー済み
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著者をよく知らないまま読み始め、ふむふむなーるほど、と読んでいたが、右翼っぽい強引な結論満載になってきて、だんだん白けてしまった…
2013年4月14日に日本でレビュー済み
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同じ著者による『日本の歴史 本当はなにがすごいのか』では、古代、日本の文化を学ぶため、日本に遣日使がおおぜい訪れていたなど、目からウロコの連続でしたが、その姉妹編である本書もまた、日本の文化について、まさにまさに目からウロコの連続でした。たとえば、『万葉集』が単なる和歌集ではなく、そこに神道の精神を見ることができ、また『古事記』や『日本書紀』の神話とも符合することが紹介されています。日本の庭園の特色から、日本人の自然に対する考え方がわかるというのも、なるほどと思いました。一昨年の大震災で日本人が見せた落ちついた行動、規範の高さに世界から驚嘆と尊敬の目が向けられたことは記憶に新しいですが、こうした民族性は一朝一夕にして身に着いたものではなく、何千年という歴史の中で受け継がれてきた伝統のなせる業と言えるのでしょう。日本人は、もっと日本人であることに自信と誇りを持っていいと思います。