此の第四巻は第一巻と並んで本シリーズのハイライトの一つと謂え、「皇室と日本精神」(辻善之助)「國體の本義」(山田孝雄版、文部省版の其々)、「國體義」(白鳥庫吉)「大義」(杉本五郎)等の國體物の特集です。關聯して田中智学、城山三郎、太宰治を取り上げて居ます。何も入手困難で、評者も復刊された文部省版の「國體の本義」(ISBN-13: 978-4908182518)しか手元にありませんので大變参考になりました。
特に平成二十二年頃(西暦2010以降)を境に、戰爭ビジネスによる大禍と大量移民・難民發生による社會的混乱を齎す新自由主義經濟(國際金融資本主義)に対する疑問が強くなり、歴史見直しの機運が高まりましたが、其の影響もあって大東亜戰争の經緯について日米雙方で見方が変わって来ました。戰後七十年以上経って、やっと本巻で紹介されている様な当時の國體論を冷静に客観的に讀める時代になったのかと、改めて驚きと感慨を禁じ得ません。
我國に対する直接的な軍事的脅威の高まりに対する反応も含めて、近頃は再び國體論ブームです。本質論をしっかりと書いている著作もあれば、時代の空気に合わせて拍手喝采狙いの書き物まで玉石混交ですが、中には國體の最重要部分を踏み外していて誤解を蔓延させかねないものも見られ、憂慮させられます。茲に紹介されている昭和初期の國體論は何も当時の國民に大きな影響を与えたものですが、何の為に当時の國民は大きな犠牲を払って總力戰を敢行したのか、原点に還って改めて考える上で大いに参考になりました。其々の國體論の間には異なった視点と着想があり、立場の違いを反映して具體化に向けた展望に違いが有ることも興味深く感じます。

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GHQ焚書図書開封4 「国体」論と現代 単行本 – 2010/7/27
西尾 幹二
(著)
「国体」論と現代
- 本の長さ403ページ
- 言語日本語
- 出版社徳間書店
- 発売日2010/7/27
- 寸法13.5 x 2.7 x 19.4 cm
- ISBN-104198629862
- ISBN-13978-4198629861
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登録情報
- 出版社 : 徳間書店 (2010/7/27)
- 発売日 : 2010/7/27
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 403ページ
- ISBN-10 : 4198629862
- ISBN-13 : 978-4198629861
- 寸法 : 13.5 x 2.7 x 19.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 352,047位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 6,531位日本史 (本)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2015年9月5日に日本でレビュー済み
コミンテルンは一貫して天皇制の廃絶を要求してきた。 著者はあくまで国体と一心同体の天皇制を守る立場を鮮明にする。 天皇家が二〇〇〇年余り継続してきたことは奇跡に近い。 これは日本が孤立して外国の侵略、支配を受けなかったからという。 国内でも天皇の地位を奪う有力武将がいたがなぜか天皇制度には触れていない。 これは天皇家が官位の叙任権を持っていたためと思われる。 いわゆる権力と権威の二制度制である。 中国では易姓革命が主体で天子の皇帝が天の信任を失えば王朝交代となる。 日本では天子たる将軍が天に位置する天皇の信任を失えば政権交代になったのだという。 神道は日本固有のものではなくメソポタミアから中央アジア、韓国を経て日本に伝来した太陽信仰である。 仏教伝来後も天皇家の宗教として存続してきた。 中世では仏教に内含されていたが明治以後廃仏毀釈で再び分離独立した。 韓国では仏教許容の際に神社は廃絶されている。 日本では桓武天皇の神仏習合で両立してきた。 天皇は神だという。 日本があって天皇があるのではなく天皇があって日本があるのだという。 天皇制が危機に瀕するごとに助人がどこからか現れる。 天皇制を維持するために八百万の神が常に手助けしてきたのである。
2014年11月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
他者を知らないと己を知ることができない
主観しかない人間は他に通じない
西尾先生の痛切な日本批判
そして国体という日本の自我の骨格
その骨は原爆を落とした米国に抜かれた
ここで再度取り戻す
硬くて飲み込みにくいが日本を再度日本らしくする
主観しかない人間は他に通じない
西尾先生の痛切な日本批判
そして国体という日本の自我の骨格
その骨は原爆を落とした米国に抜かれた
ここで再度取り戻す
硬くて飲み込みにくいが日本を再度日本らしくする
2010年8月19日に日本でレビュー済み
ある国の国民の「歴史」が奪われると、その国の消滅をもたらすと聞いたことがあります。『GHQ焚書図書開封』は、これに警鐘をならす図書と思っていましたので、第4巻が発売になったと知り、早速、書店に行き購入しました。
既版の3巻は、欧米の太平洋、印度支那、インドネシアなどの侵略、日本人の体験記に基づいた戦争の実態紹介などでしたが、一変し今回の第4巻は、国体論、すなわち「国のあり方」に焦点をあてた思想面を扱っていました。当時の著名人が書いた「国体論」でも評価できる点、出来ない点などがあるそうです。著者の平易な解説で、初歩的なことが理解出来たように思いました。
紋切り型のイデオロギーで心に響かない「国体論」の書も数多く出版されているそうですが、辻善之助の『皇室と日本精神』は、戦後の現在でも通じる「歴史書」と変わらないとの指摘があり、そのような「国体論」の捉え方もあるのかと得心しました。
著書の後半に、作家城山三郎は戦後になって「国体概念」に対する迷いが生じ、一橋大学キャンパスで少年皇太子(現今上陛下)を垣間見て、感動する話があります。「国体」を疑った城山三郎は、自分を否定することが可能になった、とあります。著者は、このシーンが日本人の信仰の原型であり、「国体」そのものだ、と言います。
著書の最後に次のように書かれています。
「戦前が正しくて戦後が間違っているというようなことでは決してない。その逆も同様である。そういう対立や区分けがそもそもおかしい。戦前も戦後もひとつながりに、切れずに連続しているのである。」
『GHQ焚書図書開封』を読むと、歴史は連続していることをつくづく教えられます。日本国民の必読の書と思いました。
既版の3巻は、欧米の太平洋、印度支那、インドネシアなどの侵略、日本人の体験記に基づいた戦争の実態紹介などでしたが、一変し今回の第4巻は、国体論、すなわち「国のあり方」に焦点をあてた思想面を扱っていました。当時の著名人が書いた「国体論」でも評価できる点、出来ない点などがあるそうです。著者の平易な解説で、初歩的なことが理解出来たように思いました。
紋切り型のイデオロギーで心に響かない「国体論」の書も数多く出版されているそうですが、辻善之助の『皇室と日本精神』は、戦後の現在でも通じる「歴史書」と変わらないとの指摘があり、そのような「国体論」の捉え方もあるのかと得心しました。
著書の後半に、作家城山三郎は戦後になって「国体概念」に対する迷いが生じ、一橋大学キャンパスで少年皇太子(現今上陛下)を垣間見て、感動する話があります。「国体」を疑った城山三郎は、自分を否定することが可能になった、とあります。著者は、このシーンが日本人の信仰の原型であり、「国体」そのものだ、と言います。
著書の最後に次のように書かれています。
「戦前が正しくて戦後が間違っているというようなことでは決してない。その逆も同様である。そういう対立や区分けがそもそもおかしい。戦前も戦後もひとつながりに、切れずに連続しているのである。」
『GHQ焚書図書開封』を読むと、歴史は連続していることをつくづく教えられます。日本国民の必読の書と思いました。
2010年7月31日に日本でレビュー済み
またトンデモ本が出版された。
国体の本義』に代表される昭和10年代の「国体論」の本質は「天皇現御神論」と「天皇御親政論」であった。いずれも帝国憲法には存在しない。『憲法義解』や天皇機関説は帝国憲法の正しいコメンタリーである。これらの排撃が国体明徴運動であり、『国体の本義』はそこから発行された。したがって当時の「国体論」は帝国憲法を蹂躙したものであると解説して今日的意義がある。本書にはこの認識がまったく欠落している。
また「現御神」の解説も誤っている。著者は宣命を正しく解釈できていない。山田孝雄や白鳥庫吉らも同様であった。「現御神止」が宣命での用いられ方であって、これは「しろしめす」の副詞である。このことは本居宣長・池辺義象・木下道雄の著書に明らかである。
本書に関係した人として、思想書では超一流の編集者である力石幸一氏や松崎之貞氏の名があげられている。編集者たちは、著者の主張は自由だからよいとしても、この程度の基礎的でかつ決定的な事実認識の誤りをなぜ放置するのだろう。
中川八洋筑波大学名誉教授から、「数百ヶ所にのぼる歴史事実の誤りと虚偽」があると批判された『国民の歴史』の著者によるこのGHQ焚書シリーズ第4段は、やはり害あって益のないものとしか評価できない。
国体の本義』に代表される昭和10年代の「国体論」の本質は「天皇現御神論」と「天皇御親政論」であった。いずれも帝国憲法には存在しない。『憲法義解』や天皇機関説は帝国憲法の正しいコメンタリーである。これらの排撃が国体明徴運動であり、『国体の本義』はそこから発行された。したがって当時の「国体論」は帝国憲法を蹂躙したものであると解説して今日的意義がある。本書にはこの認識がまったく欠落している。
また「現御神」の解説も誤っている。著者は宣命を正しく解釈できていない。山田孝雄や白鳥庫吉らも同様であった。「現御神止」が宣命での用いられ方であって、これは「しろしめす」の副詞である。このことは本居宣長・池辺義象・木下道雄の著書に明らかである。
本書に関係した人として、思想書では超一流の編集者である力石幸一氏や松崎之貞氏の名があげられている。編集者たちは、著者の主張は自由だからよいとしても、この程度の基礎的でかつ決定的な事実認識の誤りをなぜ放置するのだろう。
中川八洋筑波大学名誉教授から、「数百ヶ所にのぼる歴史事実の誤りと虚偽」があると批判された『国民の歴史』の著者によるこのGHQ焚書シリーズ第4段は、やはり害あって益のないものとしか評価できない。
2010年8月21日に日本でレビュー済み
戦後、日本に進駐してきたアメリカ軍が図書館などから回収させた図書を紹介する『「国体」論と現代』の副題のついたシリーズ、4冊目。国体とはこの「国のかたち」と言い換えたほうが若い人たちには分かり易いかもしれない。
興味深かったのは
『皇室と日本精神』(辻善之助)
「国のかたち(国体)」には皇室とは切り離せない。日本は世界に例をみない「君民共治」の国である。辻は歴代の天皇が聖徳を磨かれるために大きな努力をさられたと説く。歴代天皇の民との一体感は古代から今上陛下へと受け継がれているのである。
『大儀』(杉本五郎中佐)
130万部のベストセラーというのも驚きだが、山岡荘八、城山三郎らに影響を与えたということ。(6章、7章)そして、国民はつねに「世界史の中の自国」
ということを考えていたことである。
『天皇陛下万歳』(太宰治)
シリーズ3で溝口郁夫氏の寄稿でGHQによる焚書の内容が統計的にされていて、アメリカ側のもくろみを理解できた。本書では溝口氏による太宰の『パンドラの厘』のGHQによる検閲の実証である。太宰治はちょっとへんな人(私小説を地でいって鬼籍の人になった)との思いがあったが、いっぺんに吹き飛んでしまった。
日本(人)の文化、習性は古代から連綿と続く日本人の歴史そのものである。戦前、戦後の歴史をデジタル(非連続)として思考すること、すなわち敗戦によりすべては変わったという錯覚を日本国民に与えてきたのはGHQであり、その洗脳に今の「日本(人)が迷走している」と言っても過言ではないであろう。
本書は単独でも読めるが、シリーズを通して言えることは侵略者とは欧米のことであるということは当たり前のことであるが、その当たり前のことが分からなくなっていたのが、戦後の歴史業界ということではないだろうか。
興味深かったのは
『皇室と日本精神』(辻善之助)
「国のかたち(国体)」には皇室とは切り離せない。日本は世界に例をみない「君民共治」の国である。辻は歴代の天皇が聖徳を磨かれるために大きな努力をさられたと説く。歴代天皇の民との一体感は古代から今上陛下へと受け継がれているのである。
『大儀』(杉本五郎中佐)
130万部のベストセラーというのも驚きだが、山岡荘八、城山三郎らに影響を与えたということ。(6章、7章)そして、国民はつねに「世界史の中の自国」
ということを考えていたことである。
『天皇陛下万歳』(太宰治)
シリーズ3で溝口郁夫氏の寄稿でGHQによる焚書の内容が統計的にされていて、アメリカ側のもくろみを理解できた。本書では溝口氏による太宰の『パンドラの厘』のGHQによる検閲の実証である。太宰治はちょっとへんな人(私小説を地でいって鬼籍の人になった)との思いがあったが、いっぺんに吹き飛んでしまった。
日本(人)の文化、習性は古代から連綿と続く日本人の歴史そのものである。戦前、戦後の歴史をデジタル(非連続)として思考すること、すなわち敗戦によりすべては変わったという錯覚を日本国民に与えてきたのはGHQであり、その洗脳に今の「日本(人)が迷走している」と言っても過言ではないであろう。
本書は単独でも読めるが、シリーズを通して言えることは侵略者とは欧米のことであるということは当たり前のことであるが、その当たり前のことが分からなくなっていたのが、戦後の歴史業界ということではないだろうか。