『ブロンドの殺人者』(Murder, My Sweet)('44)
出演∶ディック・パウエル、クレア・トレヴァー、アン・シャーリー、オットー・クルーガー、マイク・マズルキ、マイルズ・マンダー、ダグラス・ウォルトン、ドン・ダグラス、ラルフ・ハロルド、エスター・ハワード、ジョン・インドリサーノ、デューイ・ロビンソン(ノンクレジット)
監督∶エドワード·ドミトリク
フィルム·ノワール(ハードボイルド映画)の金持ちの老人はナゼみんな、財産目当てがミエミエの若い性悪女を後妻にするんだろう? そして、死んだ先妻の娘はみんな、父の後妻を毛嫌いしている(これは当然か)。そんな家族を巡って、事故(?)や殺人など怪事件が起きる。元をただせば、すべての元凶は"ジジィの煩悩"だ。まぁソレがないことには主人公の私立探偵の出番もないわけだが……(笑)
今やこのパターンは何の新味もなく、TVの2時間サスペンスでも使い古されてますね。1944年製作の『ブロンドの殺人者』は、かつてハリウッドで隆盛を極めたジャンル、"フィルム·ノワール"の初期の代表作であり、ハードボイルド小説の巨匠レイモンド·チャンドラーの原作なので、当時の映画ファンには、まだ新しかったのかもしれませんね。
この映画、導入部から凝っている。事件のすべてが終わったあとなのだろうか、両目に包帯を巻いて、しばらくの間は盲目状態らしい主人公の私立探偵フィリップ·マーロウ(パウエル)が、薄暗い警察の取調室で尋問を受けている。ランドール警部補(ダグラス)に問われるままに、マーロウが事件の顚末を語り出す。発端は……
[物語] ある夜、マーロウの探偵事務所を大男の依頼人が訪れる。男の名はムース·マロイ(マズルキ)、刑務所帰りで、服役中に音信不通になったクラブ歌手の恋人ヴェルマを探してほしいと言う。マーロウは、ヴェルマがいたというクラブの当時のオーナーの未亡人ジェシー(ハワード)を探し当ててヴェルマの写真を手に入れる。
ヴェルマ捜索中のある日、マリオット(ウォルトン)という伊達男の依頼人が現れ、ある婦人が盗まれた宝石を買い戻す交渉に用心棒として同行してほしいと言う。交渉現場を訪れたマーロウは何者かに後ろから殴られ失神する。目覚めたマーロウの前には、惨殺された依頼人マリオットの死体が……。
警察の事情聴取から事務所に戻ったマーロウを、アン·グレイル(シャーリー)という女が待っていた。マーロウはアンの父(マンダー)の邸宅に同行する。マリオットが買い戻そうとしていたのは、老父の後妻ヘレン(トレヴァー)が盗まれた翡翠のネックレスだったらしい。ヘレンが"友人"マリオットに買い戻し交渉を頼んだという。マーロウは、ネックレス捜索の依頼を受諾する。
マーロウは帰り際、ヘレンが頼っているらしい心理療法士(?)のアムサー(クルーガー)という紳士が邸宅に訪ねてくるのと遭遇する。マーロウが警察で、死んだマリオットと繋がりのある要注意人物として名前を耳にした男であった。その後マーロウは、ヘレンとともに行ったナイトクラブで思いがけず大男マロイと出遭う。
新しい雇い主に逢ってほしいというマロイに強引に連れて行かれた先で待っていたのは、あのアムサーという謎の紳士だった。そこでマーロウは、アムサーからはネックレスの在り処を白状するよう迫られ、マロイからはヴェルマの居場所を知ってるはずだと問い詰められる。答えられないマーロウは、そのまま監禁されてしまう。一体、ヴェルマの失踪と宝石盗難のウラに何が……!?
ハードボイルド映画やフィルム·ノワールの代表的なスターというと、ハンフリー·ボガート、ロバート·ミッチャム、バート·ランカスターら劇画から抜け出してきたような風貌の俳優が多い。それに比べると本作のディック·パウエルは、ルックス的には平凡である。
本作を見た当初、ボギーやミッチャムらに慣れた目には、パウエルのマーロウ役は違和感があったが、本来"私立探偵"とは、目立つ存在であってはいけないのではないか?と考えたら、こちらの方がリアルに感じられてきた。(決してボギーたちを否定しているわけではない。彼らのニヒルなキャラがなければ、このジャンルは盛り上がらなかったに違いない)
という具合に、主人公のキャラクターは、普通のハードボイルドものとは少し違うが、他の登場人物や設定·道具立ては、フィルム·ノワールの典型だ。中でも、鈍重で一途な大男ムース·マロイのキャラは秀逸で、もっと出番を多くしてほしかったぐらいだ(そこは原作に負うところが大きいのだろうが……)。
ノワール作品にありがちな欠点(=人間関係や事件の背景の複雑さに対して、説明が不充分(不親切)なこと)は、この映画にも言えると思う。しかし、クライマックスで硝煙が目に入り、しばらく目に包帯を巻いたままのマーロウが迎える粋なエンディングは、ちょっとベタだが思わずニヤリとさせられます……で、座布団1枚いや星(☆)ひとつ追加!(甘い?)
[余談] ディック·パウエルという名前を初めて知ったのは、俳優としてではなく、(TVで見た)戦争映画の大傑作『眼下の敵』('57)の監督としてであった。続く監督作の朝鮮戦争映画『追撃機』('58)とともにフィルム·ノワールの大スター、ロバート·ミッチャムの主演だった。ミッチャムと組むなら、ノワール作品を撮ってほしかった。(未見だが、彼の監督デビュー作は『非常線』('53)というB級ノワールだそうだ)
[もひとつ余談] ジョン·ウー監督、チョウ·ユンファ主演の香港ノワール『狼/男たちの挽歌·最終章』('89)では、主人公の殺し屋の拳銃の硝煙のせいでヒロインが失明するエピソードが話のキモとなるが、ネタ元は『ブロンドの殺人者』?(うがち過ぎ?)