『集団心理学と自我分析』の出版は1921年である。この頃フロイトはウィーンにいた。1921年はナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)のトップ(議長)にヒトラーがなった年である。ウィーンにもこの全体主義の影がせまっていた。フロイトは人びとが集団になったときの異様さを感じ取っていたであろう。
冒頭フロイトは、ル・ボンの『群集心理』(1895年)の記述から、群衆内では個人の人格が消えてしまうことに着目する(p.132)。つまり、群衆内では無意識が抑制されることがない。ル・ボンの記述は、主にフランス革命におけるような持続しない集団を扱っていた。一方フロイトは持続的で組織化された集団に重きを置いて論を進めた(p.150~)。ル・ボンの群衆と違い、フロイトが対象とした集団は、その内部にあったとしても個人の理性や知能が低下することもないとした。ル・ボンとフロイトが対象とする集団の違いは、明示的に指導者があるかないかの違いとした(p.159)。フロイトが例として挙げるのは教会と軍隊である(p.160~)。そして教会と軍隊を、父を指導者とする一つの家族に喩えるのである。
ル・ボンによれば、群衆内部には相互に精神的感染が存在し、これが指導者からの暗示を拡散させる原理となった。こうして群衆は同質化するのである。一方フロイトは、そのような構成員どうしの相互作用は想定しない。集団の内部で個人は、自らの自我理想を放棄し、指導者によって提示される集団理想に取り換えるというプロセスを想定する。これをフロイトは「同一化」と呼んだ(p.173)。同一化とは、模範として選んだ他の自我に似せて自らの自我を形成することである。
同一化は、ガブリエル・タルドの「模倣」に似ていると私は思うのだが、フロイトはタルドの模倣を評価せず、ル・ボンを評価する(p.156)。
フロイトが対象としたのは家族に喩えられる集団であった。ル・ボンが対象とした集団はフランス革命のような熱狂する群衆である。この群衆を家族に置き換えることは不適切である。ならば、タルドが対象とした(マスメディアが作り出す世論によって形成される)公衆の方がフロイトの集団に近いように思われる。なぜなら、公衆は個人の理性や知能が低下することはないからだ。また、ル・ボンの群衆の組織化は難しいが、フロイトの例にある教会・軍隊は組織化されている。タルドの公衆も十分に組織化されうる。フロイトのタルド評価は、世間のタルド評価の踏襲で理論的な評価ではないし、ル・ボンの『群集心理』の読みが間違っているようにも思える。

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フロイト全集 第17巻 1919ー22年 単行本 – 2006/11/8
不気味なもの・快原理の彼岸・集団心理学
- 本の長さ400ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2006/11/8
- ISBN-104000926772
- ISBN-13978-4000926775
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2006/11/8)
- 発売日 : 2006/11/8
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 400ページ
- ISBN-10 : 4000926772
- ISBN-13 : 978-4000926775
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