筆者が指摘されている通り「旧約聖書」における「聖なるもの」は神のみで、父祖のアブラハム、旧約聖書の中心人物でイスラエル宗教の創始者、且つ「律法」の公布者モーセ、武人で有能な指揮官ダビデ、栄華を極めたソロモンを含め登場人物はすべて欠点多き人間だ。彼らは、殺人、強姦、裏切り、略奪、兄妹相姦、兄弟殺し等々あらゆる残虐行為の当事者でもある。聖書とは、裏返しに読めば非聖書であって、如何に「聖なる者」でないかを証明する書との筆者なりの定義が言い得て妙である。
モースの宗教の特徴は、神と人とが契約する「契約一神教」にある。それ迄全く無関係と思われた二つの概念である「神」と「契約」が結び付けられることで新しい世界が開けた。二つの異なる概念が結び付けられることで新たな画期的な概念が誕生することは、アインシュタインによる質量とエネルギーの結合による原子力の誕生等幾つも例があると社会学者、理論物理学者他が明らかにしているところだ。「契約一神教」は、「ヒッタイト宗主権条約」（前1269年頃にエジプトとヒッタイト両国間で締結された領土問題に関する世界最古の国際平和条約）がベースにあったと推定されているが、日本の武家政権時代の「所領安堵」とは違うが、似た内容でもあるという。所領安堵は、「奉公」とセットになって将軍と御家人との間で人と人との約束事として締結されるが、将軍の上に位置すべき「神」の存在は想定されていない点が、似てはいるが「所領安堵」とは違うと筆者は指摘しているのだろう。
預言者アモスが、北王国（イスラエル王国）の領土拡大のお陰で生まれた富裕層が貧しい階層を虐げる状況を諫めた背景は、「死後の応報的救済」という発想を拒否し、神の義はあくまで現世で確立されねばならぬこと、従い「救済」もあくまで現世で行わねばならないという思想にある。ユダヤ教は、前世・現世・来世という輪廻転生の観念を否定する強烈なリアリズムであると改めて思う。
政略的な人質も含め妻700人、側妾300人を抱え、忠誠な臣下を謀殺してその妻を横取りする等故事「英雄色を好む」を地で行くラビデをはじめとする諸王が織りなす旧約聖書物語は、現代でも生起している様々な人間劇でもあると思う。本書は、旧約聖書の面白さを教えてくれる聖書研究家山本七平氏の力作である。
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