儒学者=横井平四郎(小楠)の先見の明と生来的な短所を炙り出した評伝小説である。旧宅跡に小楠記念館を開設するまでの顕彰会の苦労話が披露され、開館時間や休館日の案内で唐突に現代に戻る点は、普通の歴史小説と趣きを異にする。
小楠を高く評価した松平慶永(春嶽)を初めとする越前福井人の県民性と逆に過小評価した肥後熊本人の県民性のデータ引用が面白い。もっとも、何んと言っても主人公の極端さが興味深い。実直な兄と違って次男坊の小楠の方は、酒席での悪癖により舌禍事件を引き起こす肥後藩中の嫌われ者、異分子だったという。おまけに部屋住みの身で使用人のお寿加に手をつけている。
兄の病死により五十歳近くになって家督を相続した小楠は、「これから俗事を務めるようなことは、誠にもって迷惑至極」と広言する人物だった。古代の王道政治を理想に掲げ、恫喝外交の慇懃無礼な<無道の国>(アメリカやイギリス)との和約を破棄し、日本は実力を蓄え仁義を貫く<有道の国>たるべしとの持論を受容した越前福井藩から小楠は招聘され、安政の大獄で揺れる越前藩内の混乱を鎮めて殖産振興に尽力する。
重農重商主義的な「実学」を標榜した小楠の面目躍如だが、変革の協力者(中根靭負、三岡八郎(由利公正)、橋本左内ら)に人を得たことも大きいのではなかろうか。だが、藩が推し進めた公武合体論から時代の潮流は一変し、攘夷論を逸早く捨てた坂本龍馬や高杉晋作、維新三傑の西郷吉之助(隆盛)、大久保一蔵(利通)、桂小五郎(木戸孝允)ら倒幕論者の手で回天事業が実践されてゆく。
精神的支柱にとどまった小楠には維新の主役が廻っては来なかった。というよりも、勤皇の志士たちに影響を与えて次代の人材を育成したことこそ、横井小楠に割り振られた役割であったと言える。生活者のための公論衆議による王道政治を目指した小楠の理想は、私欲私益を捨て公益国益を図るべしという民主共和制の真髄を突いたものであったから、課題山積の現代の日本人には傾聴すべき点が今でも少なくない。

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小説・横井小楠: 維新への道を拓いた巨人 単行本 – 1994/8/1
童門 冬二
(著)
- 本の長さ296ページ
- 言語日本語
- 出版社祥伝社
- 発売日1994/8/1
- ISBN-104396630697
- ISBN-13978-4396630690
商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
黒船来航の騒然たる世情の中、郷里熊本を出、政治総裁職松平春岳に仕えた思想家小楠。彼は先の見えない時代に海舟、竜馬より早く、正確に、日本の進路を見ていた。小楠の理想、幕末のもう一つの選択を描く歴史小説。
登録情報
- 出版社 : 祥伝社 (1994/8/1)
- 発売日 : 1994/8/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 296ページ
- ISBN-10 : 4396630697
- ISBN-13 : 978-4396630690
- Amazon 売れ筋ランキング: - 927,000位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 151,043位文学・評論 (本)
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著者について
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童門冬二(どうもん・ふゆじ)
作家、本名・太田久行。1927年、東京に生まれる。
第43回芥川賞候補。目黒区役所係員を振り出しに、都立大学事務長、都広報室課長、広報室長、企画調整局長、政策室長を歴任。1979年退職。
在職中に累積した人間管理と組織の実学を歴史の中に再確認し、小説、ノンフィクションの分野に新境地を拓く。
著書に『男の器量』『名将に学ぶ人間学』『日本の歴史どうしても知っておきたい名場面80』『坂(※)本竜馬「自分」を大きくする法』(以上三笠書房刊、※印《知的生きかた文庫》)、『小説上杉鷹山』ほか多数ある。
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