未来の“若返り”サプリメント「NMN」の研究

老化による身体や臓器の衰えに歯止めをかける、夢のような成分「NMN」が発見された。しかもその開発をリードするのは日本人の研究者だ。NHKスペシャル「NEXT WORLD」取材班は、ワシントン大学・今井眞一郎教授に独占インタビューを敢行した。
未来の“若返り”サプリメント「NMN」とは?:発見者に独占インタビュー
糖尿病のマウスにNMNを投与したところ、その症状は劇的に改善した。©NHK 2015

2011年、ワシントン大学教授の今井眞一郎が、マウス実験で糖尿病に劇的な治療効果を上げた、ある物質の存在を世界で初めて報告した。

それからのちに、その物質「NMN」は糖尿病に限らずさまざまな臓器や眼、さらには脳などの老化に伴う症状を改善すると判明する。しかも、不思議なことに、この物質を投与されたマウスの器官は、若いころの状態にまでほとんど修復されていたのである。

「この4、5年で、老化や寿命のシステムの解明に非常に大きな進歩がありました。どういう機能が、老化によって低下するのかわかってきたのです。そのなかで、NMNの投与が、全身の機能を保持し高めるのに劇的な効果があると判明してきました」

このNMNは現在、「若返りの薬」としてさまざまな分野で注目を浴びている。例えば、米国でこの物質を研究するハーヴァード大学博士のポーヘン・アーは、美容業界からの注目をこう語る。

「われわれの研究によって、NMNには実際に若返りの効果があることが判明しています。NMNを酵母で生成すれば、毒性はありません。皮膚につけることも食べることもできます。石鹸やローションのような日用品として使えるのです」

すでに博士の研究室は、企業とのコンタクトを始めている。美容製品なので、薬のように認可のハードルも高くはなく、早期の出荷が見込まれる状況まで来ているという。

今井眞一郎|SHINICHIRO IMAI
ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門(兼任)教授。専門は哺乳類における老化・寿命の制御メカニズム、および科学的基盤に立脚した抗老化方法論の確立。©NHK 2015

NMNとはどんな物質か

このような話を聞くと、まるでNMNが魔法の薬のように思えてくる。だが、実際にはどんな物質なのか。NMNの発見者である今井氏に聞いてみた。

「NMNとは、ニコチンアミド・モノヌクレオチドという物質の略称です。ビタミンB3からつくられる物質で、わたしたちが身体の機能を保つのに必要なNADという物質に変換されます。老化すると、このNADという物質が各臓器で減少する一方で、NMNを体内でつくる能力も減少していくと判明しています」

つまり、NMNという物質は人体の臓器を修復する上で重要なのに、これが加齢によって減少してしまうわけだ。今井氏は、この物質がもともと「わたしたち全員が体内にもっている物質」であることを強調する。NMNの投与は、その低下を補っているに過ぎない。したがって、その治療は通常の薬物によるそれとは少し違い、いわば身体能力を全体的に高めて機能を補正する、ということになる。

「NMNの使い方はふた通りあると考えています。ひとつは、病気になったときに、多量のNMNを使って病気の症状を改善させる『治療薬』としての使い方です。もうひとつは、日常的にNMNを摂取することで、老化とともに自然と低下する身体機能を補正する、いわば『予防薬』としての使い方です」

「マウスでの結果を踏まえると、人間は50代後半から60代のあたりでNMNをつくる能力が落ちてくると予想されるので、その少し前から“補充”するのがよいかと思います。逆に、20代から30代には充分にその能力がありますから、必要ないと思いますね」

ただし、今井氏はこの薬を「万能の薬」とはみなしていない。すべての病気に効用があるとは言わないし、老化がなくなるとも断言しない。

「例えば、ある種のがんを抑える働きはあるようですが、白血病の細胞に与えるとむしろその活動を活性化して、増殖を促してしまうのです。がんによって効果が違うのですね。また、健康な期間を長くできるとは思いますが、寿命を何倍にも飛躍的に伸ばしたり、不老不死が望めたり、ということはありえないと考えます。また、マウスでは明らかな副作用は認められていませんが、できる限りヒトでの安全性や効能を確認することが必要です」

一見なんの変哲もない白い粉末。このNMNが若返りのカギを握る物質だ。©NHK 2015
NMNの大量生産に成功したオリエンタル酵母工業。現在は研究目的での販売のみで4万円(100mg)。©NHK 2015

NMNは日本発の研究

現在、世界中で競い合うように研究開発が行われているNMNだが、実は日本から始まった研究である。転機は今井氏のもとに飛び込んできた日本企業からのEメールだった。

「8、9年前に、オリエンタル酵母工業という日本企業の若い研究者がメールを送ってきたんです。その内容は『今井先生が研究しているNMNという物質をつくることはできないか。もしくはつくったとして、なにか面白いことができないか』というものでした。ちょうどわたしもパートナーを探していた時期で、まさに渡りに船の提案でした」

そこから始まった地道な努力は、やがてオリエンタル酵母工業によるNMNの開発と大量生産の実現に結びつく。今井氏も大きく協力しながら、その効能をマウスでテストしてきた。NMNは、日本の企業と日本人研究者が密接に協力し合った成果、ようやく世界中の研究者が注目するようになったものなのだ。

日本は現在、世界でも類を見ない超高齢化社会に突入しつつある。その日本からNMNが誕生し、世界に広がっていく。そこに大きな意義があると今井氏は考えている。

「お年寄りになってもより健康的で活発な時間を過ごし、人生を充実させるために使っていただけると思っています。そして生き生きとしたお年寄りの姿を、次世代の人々が目にする。これは社会を明るくするように思います。そのプロセスにおいて、お年寄りの貴重な体験や知識は次世代へと伝わっていくでしょう。そうすれば日本は未来に向かって明るく開けた、活気ある社会になっていくと信じています」

この言葉の背景には、今井氏の哲学がある。

彼にとって、「人間が死から免れること」は研究の目標ではない。また、教授は老化という現象を完全になくせるとも思っていない。彼が自らの研究の究極の目標にしているのは、「人間が充実した、健康かつ幸せな人生を送ること」こそにあるというのだ。

「ニーチェは、『偶像の黄昏』という作品のなかで、『人間は死ぬべきときには死ぬべきだ』と言っています。ある意味においては、いずれ人生を全うしてこの世から去るということは重要なのではないでしょうか。そのときに大事なのは、自分の人生が充実していたかであり、自分が幸せであったかなのだと思います」。