「ゴルギアス」は、読み物、または劇の台本としては、「国家」より短く、しかし、プラトンとしてはかなりの長編で、あまり中だるみしない。個々の登場人物のせりふ回しも「読ませる」。話の展開、論理の展開も、他の著作に往々みられる、注意していないと何のことやらわけがわからなくなるところもないと思う。
ただ、明らかに作為的に当時の弁論術を、やや意図的にunderestimateしてソクラテスに花を持たせた感じはある。幾ら古代でも弁論術が、正しいか正しくないかに関係なく、人を納得させる術だ、などと弁論術の専門家が公言していたとは思えない。当時の限られた科学的な知識、世界観、社会構造から、必要とされた職業に違いなく、ただ、悪しき部分に、そういう誠意のない上っ面の口先だけの術みたいなのがあった、ということではないか。ちょうど、現代のマスコミのようなもので、悪しき所があるからと、それを本質というのは幾ら古代でもあり得ないと思う。だから、お話の面白さを別にすれば、最初のゴルギアスその人と、ソクラテスの対決は最初から「勝負あった」みたいで、馬鹿馬鹿しいところもある。さらに、ゴルギアスを継いで論争に臨むポロスに対して、ソクラテスは、弁論術は「技術」ではなく、化粧法・料理法・ソフィストの術と同様、「快楽」を目的とした「経験」に過ぎず、「迎合」「おべっか」(コラケイアー)だというのだが、これも今の感覚だと、料理や化粧の専門家を馬鹿にしちゃいないか、幾ら昔でも、社会でひとかどのものとして立つには、相応の技術があるはずだ、と思えてくる。このあたりのソクラテスは全く説得力がない。また、不正を行いながら罰を受けない状態を、不正を行い罰を受ける状態よりもさらに悪いと言う話も、それは社会一般からみればそうであって、不正を行った当事者がそうは思うはずもなく、その辺りの言い回しを、ポロスをレトリックで振り回して、ソクラテス自身が、「正しすぎる」側に立って圧勝するような舞台回しになっている。結局、生きていく知恵や技術論みたいな話をゴルギアス側がしているのに、そして、その背景には「人倫」を背景にしていることは想像できるのだが、ソクラテスは巧みに、何時の間にやら、自身を純粋道徳の位置に立たせ、相手をリードする実に見事な展開を示している。これでは相手方は「割りを食った」感じがするだろう。こういうとソクラテスはたいそう嫌な奴に見えてくるが、救いと言えば、ソクラテスの理念としては、結局人間にとって「善いこと」という価値観を最高位において、一見世辞に長けた要領の良い戦術的な議論は、それを満たすことができず、却って巡り巡って損をしてしまうことを照らし出す点にあると思える。圧巻は、最後のカリクレスとの対決で、「善きこと」と「快い」を区別することを語るが、ここも、読んだ印象では、「快」をなぜ悪くして、「快」の無い「善」を称揚するのか、不自然感はぬぐえない。ソクラテスの議論を補強する「疥癬を掻く」話は、いびつな事例で説得力はない。竹田青嗣も、このあたりは、時代的制約でスピノザ、ヒュームを待たねばならない、と言っていたかと思うが、その辺は私にはわからないが、ヘーゲルは、人間の欲望を真正面から肯定して自由の問題に結合したと思う。
「メノン」については、徳とは何か、それは教えられるものか、また、知らないことを探求しようがないし、知ってることは探求する理由がないと言う矛盾、それに対する想起説が出てくるなど有名なはなし。だけど、最終的にソクラテスが、自身の見解を破壊して、話は未決に終わる。初期のプラトンは、「リュシス」なんかもそうだが、話が閉じないで終わることがある。
以上のように、今日の考え方で行くと、どうも、納得しがたいものが多々あって、だから、高校の倫社の先生なんかは、分かりやすいようにソクラテスを絵にかいたような禁欲な道学者にに仕立てて説明するしかないのだが、実際を読んでみると、すくなくともソクラテスはそんな奴ではなく、おせっかいで、自尊心の無暗に強い、シツコイ、嫌味であくの強い人物だ。アリストファネスが言うところが正しければ、奇態な容姿も、個性と相まって悪く影響しただろう。言っては何だが、何となく死刑になったのもわからないではないような気がする。「ゴルギアス」の解説で、欲望に就いて語る件を、かつてのバブル経済に当てて、解釈している最近の偉い古代ギリシャ学者がいたが、言っては何だが、そんな話をするのに何もプラトンを引き合いに出す必要はさらさらなく、なんとなく貧しい限りな感じがする。
いずれにせよ、これが古代の哲学かと言われると、やっぱり、時代空間ともに絶した世界の話で、容易なことでは「理解」はできそうにないと思った。だけど、古典というのは読む前から感心しないと、読めないようなところもあるし、また感心して見せないと、わかってない、と言われるのでなかなか思ったことを言えないものだ。しかし読む前から感心しているようなマインドでも事情は同じだろう。でもそれでも読んでしまう古典には変な魅力がある。

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プラトン全集〈9〉 ゴルギアス メノン 単行本 – 2005/9/23
ゴルギアス,メノン
- 本の長さ400ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2005/9/23
- ISBN-104000904191
- ISBN-13978-4000904193
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2005/9/23)
- 発売日 : 2005/9/23
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 400ページ
- ISBN-10 : 4000904191
- ISBN-13 : 978-4000904193
- Amazon 売れ筋ランキング: - 741,221位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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