日本語翻訳に批判的なレビューが目立ちますが、私はこの翻訳はよくできていると思います。
こんな翻訳ではだめだとおっしゃる方にぜひ伺いたいのですが、例えばこれをどう訳されますか?
<Against this one fiery glass were glued the noses of many gutter-snipes, for the chocolates were all wrapped in those red and gold and green metallic colours which are almost better than chocolate itself; and the huge white wedding-cake in the window was somehow at once remote and satisfying, just as if the whole North Pole were good to eat.> (5. Invisible Man / 見えない人 より)
この部分の翻訳には、本書よりもっと昔に、このようなものがありました。
<火の様な硝子に向って多くの浮浪少年等の鼻が釘づけにされるのであった。あらゆるチョコレートはチョコレートそれ自身よりも結構な赤や金色や緑色の色紙に包まれていた。そして飾窓の大きな白い婚礼菓子は見る人に何となく縁の遠いようにも見えまた自分に満足を与えるようにも見えた。ちょうど北極はすべて喰べるにいいように。>(直木三十五氏訳)
この翻訳文は古い版の創元推理文庫でも使われていたと記憶していますが、どうですかね? わかりやすいですか? というかわかりますか? 「ちょうど北極はすべて喰べるにいいように。」 私は「????」でした。なので、原文をじっくり読んでみました。
私ならこう訳します。
<この燃えるように明るいウィンドウのガラスに大勢の浮浪児たちが鼻を押し付けていた。ともすると中身のチョコレートそのものよりも欲しくなりそうな赤や金や緑の銀紙、それに包まれたチョコレートがあるからだ。それに、そこに置かれているウェディングケーキの白くて大きなことときたら、まるで北極をまるごと食べていいようなもので、なんだか現実感がないのに満足感でいっぱいになるのだ。> (私の試訳)
そして本書ではこう訳されています。
<この燃えるようなウィンドウ・ガラスには浮浪児たちの鼻が押しつけられていたが、それはチョコレートの赤、青、金の包装紙が中身よりもおいしそうに見えたからであり、ウィンドウに飾られた大きな純白のウェディング・ケーキは、北極全部が食べられるお菓子だとしたらそうなるように、とうてい手の届かないものでありながら、お腹のくちくなるまで堪能できそうな代物だったからである。> (本書 中村保男氏訳)
読み進める上での障害になる「北極」のくだり、私が「これくらいかな」と思った線より中村氏はさらに踏み込んで読みやすくなるように言葉を補っていることがわかるでしょう。
もう一つ例を上げると、これはどうでしょうか?
<Certain of the great roads going north out of London continue far into the country a sort of attenuated and interrupted spectre of a street, with great gaps in the building, but preserving the line. > (7. The Wrong Shape / 狂った形 の冒頭)
<ロンドンから北に向かう大通りには随分と田舎の方まで延びているものがある。建物の間隔が広がっても、消え入りそうに途切れそうになりながら続いている。通りの幽霊というところだ。>(私の試訳)
<ロンドンから北に走る大路には、ずっと田舎の奥深くまでつづいているものがある。こういう道路は、町並みがまばらになり、とぎれがちになり、家々が間遠になっているのに、その道筋だけはいつまでも通っているという、いわば街頭の化物である。>(本書 中村保男氏訳)
やはり後半の部分での中村氏の丁寧な仕事がわかると思います。もう意訳といってもおかしくないレベルまで補足しています。直訳だからわかりにくい? とんでもない、その逆です。
私も全部を読んだわけではありませんけれど、だいたいチェスタトンの文章は感覚的です。論文や新聞記事みたいにきちんきちんとした構文でもありません。「シャレ」も非常に多い。中村訳はそういうところを丹念に説明しています。それでもわかりにくいとしたら、それは原文の感覚的なところがにじみ出ているだけです。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
ブラウン神父の童心 (創元推理文庫 110-1) 文庫 – 1982/2/1
G.K.チェスタトン
(著),
中村 保男
(翻訳)
奇想天外なトリック、痛烈な諷刺とユーモア、独特の逆説と警句、全五冊におよぶ色彩ゆたかなブラウン神父譚は、シャーロック・ホームズものと双璧をなす短編推理小説の宝庫で、作者チェスタトンのトリック創案率は古今随一だ。まんまるい顔、不格好で小柄なからだ、大きな黒い帽子とこうもり傘の神父探偵の推理は常に読者の意表をつく。
- 本の長さ356ページ
- 言語日本語
- 出版社東京創元社
- 発売日1982/2/1
- ISBN-104488110010
- ISBN-13978-4488110017
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 東京創元社 (1982/2/1)
- 発売日 : 1982/2/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 356ページ
- ISBN-10 : 4488110010
- ISBN-13 : 978-4488110017
- Amazon 売れ筋ランキング: - 731,530位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2018年3月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この作品は、本はシリーズ全部所有していて若いころ何度も読み返したものですが、何十年かぶりに読み返してみたいと思い、Kindle版を改めて購入。新訳の方が文章が平易で読みやすいといえば読みやすいのですが、旧訳の難しい言い回しを頭をひねりながら読み進め、読み終わったときの充実感を懐かしく感じました。やっぱり年をとったのかな。
2023年4月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
字が小さいです。
お話しは普通かな。
お話しは普通かな。
2023年4月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
今までにないほど、字が小さすぎてよめめないでいます。やはり書店でかうべきでした。これは私の失敗です。残念です。
2020年9月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
死ぬほど読みにくいです。翻訳が悪いのか、原文がそもそも難解なのかは分かりませんが。
ひどい時には、何が起きているのか、どういうストーリーなのか、そもそもストーリーが展開しているのか分からないうちに結末に至ります。
しかし、その発想とトリックは凄まじく、一見不合理であったり、意味不明な出来事の羅列としか思えない事件が、最後の最後ですべて筋の通った一本の論理の糸へと解き明かされる様は圧巻のひとこと。
全五巻、読破しましたが、我慢してでも読む価値があるストーリーばかりだと思います。
もし叶うなら、意訳ですらない「超訳」として、意味不明な箇所や冗長な描写を排して、分かり易いストーリーで新約をしてほしいものです。
ひどい時には、何が起きているのか、どういうストーリーなのか、そもそもストーリーが展開しているのか分からないうちに結末に至ります。
しかし、その発想とトリックは凄まじく、一見不合理であったり、意味不明な出来事の羅列としか思えない事件が、最後の最後ですべて筋の通った一本の論理の糸へと解き明かされる様は圧巻のひとこと。
全五巻、読破しましたが、我慢してでも読む価値があるストーリーばかりだと思います。
もし叶うなら、意訳ですらない「超訳」として、意味不明な箇所や冗長な描写を排して、分かり易いストーリーで新約をしてほしいものです。
2014年2月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
小男で冴えない風貌…しかし何も見逃さない!
事件解決と共に犯罪者を救いに導くという特異なキャラの持ち主。
物語の仕掛けがウマイですわ。人の心理をよく突いてはりますね。
ただ、長編好きの私は短編集なんで読み応えに欠ける分が満点と
はいかないところでして。
とにかくオモロイですよ。
事件解決と共に犯罪者を救いに導くという特異なキャラの持ち主。
物語の仕掛けがウマイですわ。人の心理をよく突いてはりますね。
ただ、長編好きの私は短編集なんで読み応えに欠ける分が満点と
はいかないところでして。
とにかくオモロイですよ。
2017年1月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
イズレイル・ガウの誉れの初めのほうに誤記?が。文庫本がどうだったかわかりませんが。
古めかしいフランス⑦スコットランド式別荘、となってます。
KindlePaperWhiteで見ても、Androidアプリから見ても同じなので、環境依存無し、みたい。
出版元に伝える術がわからないのでここに書いておこう。
古めかしいフランス⑦スコットランド式別荘、となってます。
KindlePaperWhiteで見ても、Androidアプリから見ても同じなので、環境依存無し、みたい。
出版元に伝える術がわからないのでここに書いておこう。
2019年12月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
いわゆる昔ながらの探偵小説が好きであるにもかかわらず、なぜか読んでいなかったブラウン神父です。
アガサ・クリスティもポワロやプロット則トリックといったところなど、影響を受けているのではないかと読みながら思いました。どの短編も面白く、冴えに冴えた推理小説です。チェスタトンの本を続けて読もうと思います。
アガサ・クリスティもポワロやプロット則トリックといったところなど、影響を受けているのではないかと読みながら思いました。どの短編も面白く、冴えに冴えた推理小説です。チェスタトンの本を続けて読もうと思います。